氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「オレ、あなたのご息女にお会いしましたよ」

 その言葉にふらふらしていたイグナーツの動きが止まる。

「この秋、ご立派に社交界デビューを果たされました。ハインリヒ様のお相手が見つからないということは、ご息女の未来も危うくなる。つまりは、そう言うことなんですよ」
「へっ、ロッテにはジークヴァルトの坊主がついているんだろう? この国がどうなろうと、あいつにまかせときゃ問題ねえよ」

 対の託宣を受けた男とはそういうものだ。その事を身をもって知る瞳は、カイの言葉に揺らぐことはない。

「ご息女にお会いにならなくてよろしいんですか?」
「……オレはあいつを捨てたんだ。今さらどの(つら)下げて会いにいけるってんだ」

 唇をへの字に曲げたイグナーツの顔が、みるみるうちに歪んでいく。ふるふると口を震わせ、眉間にしわが寄せられた。

(うわ、来る)

 カイがそう思った瞬間、イグナーツは大粒の涙を溢れさせてわんわんと大声で泣き始めた。

「うおぉぉぉっリーゼロッテぇ、ふがいないオレを許してくれぇぇっ」

 そのままテーブルにつっぷしておいおいと泣きだした。その音量に耳を塞いだまま、カイは面倒くさそうに、それでも律儀にイグナーツのための言葉を探した。

「ご息女はそんなことを気にするような方ではありませんよ。とてもやさしい素直なご令嬢にお育ちです」
「そうだろうとも! リーゼロッテは昔から素直で可愛くて天使のようで……! ダーミッシュ伯爵、本当にいい人そうだもんなぁ。あそこに行ってホント正解だったってことだよなぁ……やっぱりオレなんかとはいない方が、ロッテに、ロッテにとってはしあわせなんだぁぁあぁうぁぅ」

 大の男が大号泣する様は、果てしなく鬱陶しい。ご婦人相手ならやさしく慰めようという気にもなるが、カイはうんざりした様子で懐に手を入れた。

「もういいです。ルチアの件は自分で何とかしますから。デルプフェルト家を舐めないでくださいよ」

 デルプフェルト侯爵家は、もともとザイデル公爵家のための諜報に特化した一族だった。それが、前公爵の謀反(むほん)によって、王家に膝をつく形となった。(とが)を負わない代わりに忠誠を誓い、その配下で動くようになって今に至る。

「今日ここに来た本題はこちらです」

 取り出した書状を広げると、ぐずぐずと泣き続けるイグナーツの頭に、嫌がらせのように押し付けた。

「三日以内にラウエンシュタイン家にお戻りください。戻らなかった場合、王家の馬車で迎えに行く許可をディートリヒ王から取り付けてあります」

 その言葉にイグナーツはがばりと顔を起こした。

「あんな趣味の(わり)ぃもんよこすなよっ」
「そう思うなら、ご自分でお戻りになってください。三日以内です。いいですね?」

「……お前、年々可愛げがなくなってんぞ」
「そんなもの、初めから持ち合わせていませんよ」

 冷たい表情でカイが返すと、イグナーツは「違いねぇ」と愉快そうにカイを見やった。相変わらず、表情がくるくると変わる男だ。リーゼロッテが泣き上戸なのは、この男譲りに違いない。

 そう納得すると、カイはもう用はないとばかりに、書状を机の上に残したままその場を出ていった。

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