氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
 エーミールは苛立ちを押さえられないまま、素早く湯あみを終えた。ガウンを羽織り、濡れた髪を無造作にタオルでこする姿は、水も滴るいい男を体現したかのようだ。もしご婦人のひとりでもこれを目撃したのなら、感嘆のため息が盛大にこぼれ落ちたことだろう。しかし生憎ここには、エーミール以外誰もいなかった。

 異形の者の調査が入るからと、父であるグレーデン侯爵に無理やりに呼び戻された。本来なら当主であるエメリヒが表立って対応するべきなのに、この自分を矢面に立たせたいだけなのが見え見えだ。祖母の圧力が面倒という理由で、似たようなことが過去に何度も繰り返されていた。

 フーゲンベルク家では、バルバナスたちによって泣き虫ジョンの調査が行われている。ジークヴァルトの補佐をするべく、自分はその傍らに立つべきなのに。そう思うと苛立ちもさらに増してくる。

 数年ぶりに足を踏み入れる自室の扉を開けようとして、ふとその手が止まった。部屋の中に誰かがいるのを感じて、エーミールは自身の気配を殺した。
 そっと扉を開ける。このグレーデン家で賊が入るなどまずありえない。それでも慎重に中へと足を踏み入れた。子供の頃から見慣れた室内は、エーミールをいつもよそよしく迎え入れる。

 居間にある長椅子の上で伸びた白い脚を認めて、エーミールはぎょっとした顔をした。

「アデライーデ様……!?」

 その声にソファで寝そべっていた人物が体を起こす。その脚線美に目を奪われていたものの、そこに長く引き攣れた傷跡を見つけると、エーミールは慌てて体ごと目をそらした。

「ここ、エーミールの部屋だったのね」
 呆れたようにアデライーデは立ち上がった。その姿は薄い夜着にガウンを羽織っているだけのものだ。

 対して、エーミールは濡れそぼった裸にガウンをひっかけた状態だった。無意識に前をかき集め、ぶらりと垂れ下がっていた腰ひもを性急に結び合わせる。いびつに結ばれたその形は、エーミールの動揺をそのまま映していた。

「お婆様の仕業ね。ほんと、やることがあからさまなんだから」
 既成事実を作って、エーミールとの婚姻を押し進めようとでも思ったに違いない。

 アデライーデは部屋の一番目立つところに置かれた棚の前へと歩み寄った。そこには祭壇よろしく青い石が飾られている。

「ねえ、これ、ジークヴァルトの守り石でしょう? なんでこんなところに飾ってあるのよ」

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