氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 城の奥へと進む。その寒々しい広いエントランスで待ち構えていたのは、ひとりの痩せた老女だった。背筋をぴしりと正し、イグナーツへと腰を折る。

「お帰りなさいませ、イグナーツ様」
「ご要望通り、きちんと、戻ってきましたよ」

 書状を広げ嫌味のように言うが、老女の表情が変わることはない。出会ってから二十年は立つものの、この老女が笑った姿などイグナーツは一度たりとて見たことがなかった。

「イグナーツ様には公爵代理としての務めを果たしていただかねばなりません。今年も書類がたまっておりますので、冬の間にすべてお目をお通しになってください」
「領地も持たないこの家で、どうしてそんなに、書類がたまると言うのでしょうか。まったく、理解に苦しみます」

 ラウエンシュタイン家のやりくりは、すべて家令である彼女に任せると、そう委任状にサインしてある。それなのに、なぜ毎年毎年同じような書類に目を通さねばならないというのか。

「国で決められたことでありますれば、公爵代理としての責をしっかりとご全うしていただきたく存じます」

 血の通わない鉄のような家令から、イグナーツはあきらめたように目をそらした。

「その前に、彼女に会いに行きます」
「本日は神官様の祈りの儀が行われております。どうぞご承知おきください」

 静かに腰を折る家令の言葉に、イグナーツはとてつもなく嫌そうな顔をした。

「今日は誰が来ていますか?」
「レミュリオ神官でございます」
「そうですか……」

 行く先を睨みつけると、イグナーツは家令を残して、その部屋へとひとり向かった。

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