氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
 激高したまま、ミヒャエルは神殿へと舞い戻った。自室の立派な扉を乱暴に開け、閉めた鍵を念入りに確かめる。
 部屋の真ん中に立ったまま、荒げた息を何とか落ち着かせる。大きく息を吐き、次いでゆっくりと息を吸う。幾度かそれを繰り返すと、ミヒャエルは部屋の奥にある扉に目を向けた。

(乱れた心で女神にお会いするわけにはいかない)

 豪華なソファに腰かけると、ミヒャエルはその目を閉じた。深く息を吸い、吸った時以上に時間をかけて少しずつ息を吐く。この呼吸法は、女神の導きで得たものだ。次第に精神が研ぎ澄まされていくのが分かる。
 小一時間ほどそれを続けると、ミヒャエルはようやく目を開けた。

(女神がお呼びだ)

 ふらりと立ち上がると、ミヒャエルは操られるかのように部屋の奥の扉へと向かった。きぃと小さな音を立てて、扉がひとりでに開いていく。
 薄暗い部屋の中で、いくつもの長い蝋燭が炎を揺らしている。その最奥にあるのは、質素な祭壇だ。

 その上に、女が足を組んで座っていた。艶やかな長い黒髪に、真っ赤なドレスを身に纏っている。あらわになった肩と豊かな胸元が、扇情的な光景だ。ミヒャエルはその女の前で、崩れるように両膝をついた。

「おお、女神よ。今日もお姿をおあらわしになってくださったこと感謝します」
 感激の涙を流し、その表情は恍惚としている。

「王城での夜会に、貴族どもに混ざりわたくしめも参加することとなりました。もうすぐ……もうすぐ、貴女のその手にこの国を差し出せる……」

 泣きながら薄ら笑いを浮かべるミヒャエルを、女はただ黙って見下げていた。

 その喉元に光るのは、紅玉のような深紅の輝き――

(くれない)の女神よ、どうかその時はわたくしめを王の座に……!」
 ミヒャエルが深々と床に頭を垂れる。

 (べに)の引かれた唇が、にぃっと形よく弧を描いた。

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