氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
「ドレス作りって体力がいるのね……」
「お疲れ様でございました」

 エラの紅茶を飲みながらしみじみとつぶやくリーゼロッテに、隣で座っていたエマニュエルがねぎらうように声をかけた。エマニュエルは力ある者として、ダーミッシュ領まで付き添ってきていた。以前のアデライーデと同じくリーゼロッテのお目付け役ポジションである。

「でも、こんなにも大量のドレスを作る必要はあるのかしら? わたくし成長期で、すぐ着られなくなりそうだし……」
「夜会に同じドレスで行くわけにはいきませんからね。貴族として当然のことですわ」

 エマニュエルはさも当たり前のことのようにさらりと言った。貴族の世界にはもったいないという概念は存在しないらしい。
 貴族社会では一度着たドレスはそのままクローゼットの肥やしになるのだ。お金に余裕のない貴族などはリメイクをすることもあるが、それは嘲笑の種でもあるらしい。

「ドレスなどは必要経費というのは分かってはいるのです。ですが、その……ジークヴァルト様からはいつもいろいろと贈っていただいていますし、これ以上高価なものをいただくのはどうかと……領民の血税を無駄遣いしているのかと思うと心苦しくて……」

 義父から贈られるドレスはともかく、ジークヴァルトがくれるものは全て公爵領の経費だろう。公爵家に嫁いだ後ならまだしも、今はまだ婚約者の立場だ。そんなリーゼロッテのために湯水のごとく税金が使われていいはずもない。

「リーゼロッテ様……よいですか、ある程度お金を使うことは貴族の務め。恥じいるようなことではありません」

 贈り物の数を得意げに自慢する令嬢もいるくらいなのに、リーゼロッテは相変わらずの謙虚っぷりだ。血税などという、世間から隔離されて生きてきた深窓の令嬢とは思えない言葉にも、エマニュエルは困惑を隠せなかった。

 エマニュエルの硬い表情に、リーゼロッテはまたやってしまったのだと顔を曇らせた。日本での庶民の記憶が、リーゼロッテを貴族たらしめることを拒んでいる。

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