氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
「おい、何をするつもりだ?」

 ジークヴァルトに片手を掴まれて、リーゼロッテは不服そうに上を見上げた。

「あの量ではすぐに足りなくなるかもしれませんわ。わたくしもう少し泣きますから、離してくださいませ」
「駄目だ、お前一体何をするつもりだ?」

 胡乱気に問われ、リーゼロッテは誤魔化すように瞳を彷徨わせる。

「何って、涙を出すために、少しばかり頬をつねろうと……」

 痛みで少しくらいは涙も出てくるだろう。多少頬が赤くなったところで、それで異形が落ち着くのならばお安い御用だ。空いた手を頬に伸ばそうとすると、そちらもジークヴァルトに取られてしまった。

「いや駄目だ。却下だ。絶対にするな」
「でしたら目つぶしでもなんでも」

 顔を突き出して目を見開くように差し出すと、ジークヴァルトも同じように目を見開いてきた。

「お前、いい加減にしないと本気で泣かすぞ」

 ぐいと腰を引き寄せられて、大きな手で後頭部をホールドされる。めずらしく怒った様子のジークヴァルトを前に、遠慮なくどうぞとリーゼロッテは怯むことなくその身を預けた。その手に力が入ると、顔を上向かされたリーゼロッテの足が少し浮き気味になった。

 すわ目つぶしか、と心を決めて目を見開く。しかしジークヴァルトは怖い表情のまま、ぐっとその顔を近づけてきた。

 その瞬間、リーゼロッテは背中にあり得ないほどの悪寒を感じた。一瞬で肌が粟立ち、禍々しい(けが)れが一直線にこの身へと向かってくる。

「――……っ!」

 咄嗟に振り返ろうとするも、ジークヴァルトに抱え込まれた。紅の穢れはジークヴァルトの力ごと押しつぶすかのように、切り込みながらリーゼロッテの中心へと侵食しようとしてくる。有無を言わさぬ穢れを前に、本能的な恐怖が支配した。

 弾き飛ばされたジークヴァルトが壁に打ち付けられる。青の守りが離れ、リーゼロッテは一瞬で紅の炎に包まれた。

「ダーミッシュ嬢……!」

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