氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
      ◇
 アンネマリーが消えた深淵の(ふち)へと膝をつき、ハインリヒは呆然とそこを覗き込んだ。

「……アンネ……マリー……」

 吸い込まれそうなその暗闇の中に、アンネマリーの姿を探す。さっきまでそこにいた。手を伸ばせば触れられる場所にいたはずなのに――

 静寂を取り戻した部屋にいるのは、この自分ただひとりだ。目の覚めない悪夢に、ハインリヒは息を詰まらせた。

「なぜだ……なぜ、こんなことに……」

 自分もこの中に落ちてしまえばいい。そうすれば永遠にアンネマリーと一緒にいられる。身を乗り出そうとした瞬間、背後の扉が静かに開くのが分かった。
 もう何もかもがどうでもよくなって、ハインリヒは警戒もせずに、その方向を振り返った。

「ディートリヒ王……」

 そこに立っていたのはディートリヒだった。遠くを見つめるような金色の瞳で、ハインリヒを静かに見下ろしている。

「何もせぬまま、諦めるのか? 王太子よ」

 重い声が響く。

「なぜ龍が目隠しを施すのか、お前にはその理由が分かるか? 頼り切り、人が考えるのをやめることを、龍は好まぬのだ。――我らは龍の庇護のもとにある。だが、言いなりというわけではない」

「王は……龍の言いなりにはならなかったというのですか?」

 その言葉に疑いの色が含んでしまう。その様に、ディートリヒの口元は柔らかく笑みを作った。

「余はあがき、そして、欲しいものを手に入れた。何もせぬまま、身を任せるのもまたお前の自由だ。だが、この部屋の真下に、何があるのかお前にならわかるであろう?」

 はっとハインリヒが顔上げる。

「父上……」
「あがけ、息子よ」

 弾かれるようにハインリヒは駆け出した。ディートリヒの脇をすり抜け、王城の廊下をひた走る。
 大きな二枚扉を開け放つと、その先の暗がりをまっすぐ進む。自分が進むにつれて廊下の壁に明かりが次々に灯っていく。
 近づくにつれて、手の甲のあざが耐え難く熱を持つ。ハインリヒは白い手袋を外すと、それを廊下へと投げ捨てた。

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