氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「アンネマリー」

 不意に呼び止められると、王妃の離宮を出てすぐのところにハインリヒの姿があった。驚きとともにうれしさがこみあげてくる。

「ハインリヒ様!」
「……会いたかった、アンネマリー」
「わたくしも……」

 先ほど別れてからまだ一時間も経ってはいない。王城の廊下でいつまでも見つめ合うふたりに、近衛の騎士が遠慮がちに声をかけた。

「王太子殿下、そろそろ謁見室に向かいませんと……」
「ああ、わかっている」

 申し訳なさそうな声に、ハインリヒは疲れた顔を向けた。ハインリヒはアンネマリー以上に過密な公務をこなしている。その血色はいいとは言えず、アンネマリーの表情が不安げに曇った。

「一分だけ時間をくれないかしら?」

 近衛騎士に向けてそう言うと、アンネマリーはハインリヒの手を引き、廊下の柱の陰へと連れて行った。

「アンネマリー?」

 おとなしくついてきたものの、ハインリヒが不思議そうに首をかしげる。その唇に向けて、アンネマリーは背伸びをしながら自身のそれを押し付けた。
 アンネマリーの柔らかい唇は、ハインリヒの口の端にちょんと触れてすぐ離れた。恥ずかしさに瞳を閉じていたので、少々狙いが()れてしまったようだ。

「少しでも元気を出していただきたくて……」

 上目づかいで頬を染めるアンネマリーを前にして、ハインリヒの呼吸が一瞬止まる。感極まってその体を抱きしめようと両腕がガバっと開かれた。

「あの、もうお時間が……」
「今行きます」

 近衛騎士の呼びかけに、アンネマリーはくるりとそちらを振り返った。抱きしめ損ねたハインリヒの腕が、大きく空振りしてクロスする。

「では向かいましょうか。……ハインリヒ様?」

 向き直ると、ハインリヒが自身を抱きしめるようなおかしな格好をしている。それを見たアンネマリーは不思議そうに小首をかしげた。

「いや、何でもないんだ」

 何とも言えない微妙な表情で小さくため息をついたハインリヒに、アンネマリーの顔が再び曇る。近衛騎士に催促されて、ふたりはそのまま午後の公務へと向かっていった。

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