氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 ハインリヒはすぐさまアンネマリーを抱え上げて、居間のソファへとそっと降ろした。

「少しここで待ってて」

 見上げる唇にやさしく口づけると、アンネマリーを残してハインリヒは部屋を出て行ってしまった。

 ひとり残されたソファの上で、アンネマリーはしんと静まり返った部屋の中を見回した。星読みの間のような煌びやかさはないが、重厚な調度品がそろえられた王太子に相応(ふさわ)しい広く立派な部屋だ。

 今座るこのソファも歴史を感じさせるアンティークで、代々大事に受け継がれた来たであろうことが伺える。素足に感じる絨毯の肌触りもまさに一級品だ。そんなものの上に、片足とは言え裸足を乗せていることに、アンネマリーは大きな罪悪感を覚えた。

(ここはハインリヒ様でいっぱいだわ……)

 部屋中からハインリヒの気配がする。この部屋でずっとハインリヒは過ごしてきたのだ。そう思うと胸が高鳴った。

 しばらくするとハインリヒが隣の部屋から戻ってきた。その手には小さな(おけ)がふたつほど抱えられている。不思議に思っているとハインリヒはそれを絨毯の上に置いて、アンネマリーの座るソファの前に片膝をついた。

「アンネマリー、足を」
「え?」

 桶はほかほかと湯気を立てている。足湯にと持ってきてくれたのだろうか。そう思い当たった瞬間、ハインリヒがひょいとアンネマリーの素足をすくい上げた。

「きゃあっ」

 驚きとくすぐったさで思わず身をよじる。ハインリヒは桶をひとつ引き寄せて、手に取った足をちゃぷりとその湯に浸けた。

「や、そんな、駄目です、ハインリヒ様っ」
「おとなしくして」

 一国の王太子が桶に両手をつっこんで、自分の足を丹念に洗っている。その光景を前に、アンネマリーは動揺のあまり、ソファについた両手をぎゅっと握りしめた。

 通路を裸足で歩いてきたせいで、湯はすぐに黒ずんだ。自分の足の汚さを見せつけられたように思えて、耐えきれなくなったアンネマリーはさらに身をよじろうとした。

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