氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 そのタイミングでハインリヒは足を桶から持ち上げた。そのままタオルで指の間まで丁寧に(しずく)をふき取っていく。そのまなざしは、ハインリヒが公務の時にしているものと全く同じ真剣なものだ。その伏せられたまつ毛の長さに、アンネマリーは思わずぽーっと見とれてしまった。

 温まった足が降ろされると、ハインリヒはおもむろに反対の足を手に取った。

「いえ、こちらは汚れておりませんので!」

 片方は靴が脱げることなくここまでやってきた。これ以上は無理とばかりに、アンネマリーは自身の足を引き寄せようとする。

「こんなに冷えてしまっているんだ。ほら、足を」

 有無を言わさず靴を脱がされる。もう一つの桶を手前に引き寄せると、ハインリヒは同じように足を桶の中で洗い出した。湯の温かさというより、ハインリヒの言動のせいで否応なしに体温が上がっていく。

 羞恥とくすぐったさが限界に達したとき、ようやく足が桶から持ち上げられる。同じように濡れた足を丹念に拭くと、ハインリヒは手の平に乗せたまま、アンネマリーの白い足をまじまじと見やった。

「あのハインリヒ様……」

 早くその手を離してほしい。動悸が収まらないアンネマリーが足を引こうとした瞬間、いきなりハインリヒがその指先に口づけた。あまりのことにアンネマリーの口から小さく悲鳴が上がる。

「ハインリヒさま……!」

 くすぐったくてアンネマリーは大きく身をよじった。侍女が爪を美しく整えてくれてはいるが、足先に口づけるなどあり得ない。
 それなのにハインリヒは、桜色に磨かれた小さな爪に、さらに唇を寄せてくる。あまりの光景に動揺して、アンネマリーは盛大に涙目になった。その動きを止めようと腕を伸ばすと、ハインリヒは絡めるように手を握りかえしてきた。

「アンネマリーっ」

 ()いたように身を乗り出してきたハインリヒに唇を塞がれる。乱暴に舌を差し込まれて、アンネマリーの体は閉じ込められるようにソファの背へと沈んだ。

 ハインリヒが膝元にあった桶を邪魔そうに後ろ手に押しのける。反動で中身がちゃぷりと揺れて、波の分だけ桶の外へと溢れ出た。

「んぁ、ハインリヒ様。絨毯に湯が……」

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