氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 そう言いながら王妃の手の甲に口づける。レースの手袋越しにかさついた唇を押し付け、周りに分からぬようにねっとりとその甲を()め上げる。

 執拗(しつよう)に長すぎる口づけに、後ろにいたルイーズが咳払(せきばら)いをする。手の甲への口づけは敬愛(けいあい)忠誠(ちゅうせい)のしるしだが、常識ある者なら実際に唇を触れさせたりはしない。女性騎士は司祭枢機卿を睨みつけながら、腰に下げたレイピアに手を伸ばして、威嚇(いかく)するようにきちりと剣のつばを鳴らした。

 それを感じたミヒャエルは、不承不承の(てい)で王妃の手を離した。離す寸前に、王妃の手の甲を親指で()で上げる。
 イジドーラ王妃は身じろぎもせずその行為を受けいれると、何事もなかったように真っ直ぐに前を見据(みす)えて歩き出した。女官と女性騎士たちもその後に続く。

 去っていく王妃の背を眺めながら、ミヒャエル司祭枢機卿は唇の片端(かたはし)だけを上げて鼻で笑う仕草(しぐさ)をした。

「ふん、裏切り者の一族の小娘が」

 本来なら、あの娘は自分の物になるはずだったのだ。あの手袋に包まれた白い手も、白銀のドレスの下に隠された美しく(なま)めかしい体も。

(あの時、ディートリヒ王の横やりさえ入らなければ……)

 醜く顔をゆがませた後、ミヒャエルは不遜(ふそん)な笑みを漏らした。

「まあ、いい。涼しい顔をしていられるのも今のうちだ」

 そう、自分には本物の女神がついているのだから。

(青龍など、まがい物の神など比べ物にもならん)

 自分こそが王にふさわしい(うつわ)なのだ。女神の存在は、その(あかし)に他ならない。
「わたしが王になった(あかつき)には、慈悲(じひ)で一度くらいは抱いてやってもいい」

 イジドーラを自分の下に()()き白い肌を(あば)いていく。そんな想像を(めぐ)らせながら、薄ら笑いを浮かべたミヒャエルは、小さくなっていくイジドーラ王妃の背をいつまでも見送った。



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