氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「あら、アベル様、ごきげんよう」
「なんだ? その他人行儀は」

 普段は呼び捨てにする名をわざわざ様付けで呼んだわたしに、アベル王子は形のいい眉を片方だけ上げた。
 わたしはアベル王子とケンカをするたびに、慇懃無礼な態度をとることにしている。

「まだつわりがひどいのか?」

 わたしが怒る理由が思いあたらなかったのだろう。わたしの大きくなったお腹を見やりながら、王子はそんな的外れなことを言ってきた。

「……アンネマリーのデビューを邪魔しに行ったそうね? 身重のわたくしを置き去りにして。しかも無理矢理アンネマリーと踊ったそうではない? このわたくしを差し置いて。イジドーラ王妃に事を収めさせて、ディートリヒ王の不興を買って、のこのこと逃げ帰ってきた上に、そのことをわたくしに黙っていたなんて」

 わたしもその場にかけつけたかったのに。社交界デビューは一生に一度のことなのに。
 白のドレスを身に纏ったアンネマリーをこの目で見たかった。なんなら一緒に踊りたかった。

 わたしの発した言葉にびくりと体を震わせたアベルには、王子としての威厳や風格はかけらも見いだせない。

「そそそんな昔のことを蒸し返されてもだな……」

 なにが昔なものか。母国で行われたデビュタントのための夜会は、ほんの二カ月前のことだ。

「そこでアベル様は、アンネマリーに側妃になるよう強要したそうね?」

 底冷えするような声音で言ってやった。アベル王子はガタガタと震えている。

「あああああれはだな、お祝い代わりの戯れというか、緊張をほぐすための可愛い冗談というか……それに、そうすればお前もずっとアンネマリーをそばにおいておけるだろう。そうだ! お前のことを思ってそれでオレは……」

 なおも言いつのろうとするアベル王子に、わたしはにっこりと微笑んで見せた。

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