氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「ハインリヒお兄様!」

 ぱあっと顔を輝かせて、ピッパは弾丸のようにハインリヒの元へと駆け出した。その勢いにハインリヒが体をこわばらせる。
 あわやハインリヒに抱きつこうとした瞬間、横からさらうようにカイがピッパ王女を抱き上げた。

「ピッパ様、兄君とはいえ、いきなり男性に抱き着くなんて、はしたないですよ」

 ピッパとカイは従兄妹(いとこ)同士だ。身分差はあれど、非公式の場では気安い間柄だった。

「カイだって、淑女をいきなり抱き上げるなんて! 失礼しちゃう!」
「立派なレディ相手でしたら、誰もそんな無作法(ぶさほう)なまねはいたしませんよ」

 そんなことをするのは、どこぞの公爵くらいなものである。

「まあ、わたくしは立派なレディではないと言いたいの!? 不敬だわ!」
「ピッパ様! きちんと挨拶(あいさつ)もできない王女が、淑女として認められるわけありませんでしょう?」

 後ろで控えていた女官のルイーズにお小言(こごと)を言われ、ピッパは小さな肩をすくませた。

 カイが笑いながらピッパを下ろすと、王女は流れるような動作で「ごきげんよう、お兄様」と、ハインリヒに向かって、王女にふさわしい美しい礼を取った。

「ああ……ピッパも元気そうでなによりだ」

 そう言って柔らかく微笑むも、ハインリヒは決してピッパに近づこうとはしない。昔はよく頭をなでてくれたり、先ほどのカイのように抱き上げてくれたものだった。
 そのかわりのように横からカイがピッパの頭をポンポンとなでる。

「もう! カイはそうやってすぐわたくしを子ども扱いして! 不敬よ、不敬! せっかく楽しくお話していたのに、カイのせいで台無しだわ!」

 そう言って(ほお)(ふく)らませる。
 そうだ。ハインリヒは自分をきちんと淑女扱いしてくれているのだ。以前のように触れてこなくなった兄への寂しさを、そう思うことでピッパは誤魔化(ごまか)そうとした。

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