氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 他人事のようにカイは思って、ハインリヒを促した。このままここにいても、ハインリヒの気分は落ち込むばかりだろう。カイはこわばったままのハインリヒの背中に両手を当てて、ぐいと廊下へと押し出した。

「では、王妃殿下、王女殿下。御前(おんまえ)失礼いたします」
 そう言っていたずらっぽく笑うと、カイは丁寧(ていねい)な手つきで扉を閉めた。

 部屋に残されたのは、イジドーラとクリスティーナ、それに、ずっと後ろで控えていたクリスティーナ付きの侍従(じじゅう)の男だけになった。

「ピッパは相変わらずね。お父様が甘やかしすぎなのではないかしら?」
「あら、クリスティーナも充分、甘やかされているようだけれど?」

 イジドーラが水色の瞳を細めて言うと、クリスティーナは華奢(きゃしゃ)な肩をすくめてみせた。

「いくら表舞台に出てはいけないからって、年に一度くらい公務をこなしたって、ばちは当たらないでしょう?」

 病弱と知られる王女は美しい笑顔を王妃に向けた。その顔色はまったく不健康そうには見えない。赤みがさしたすべらかな頬は、どちらかというと健康そのものという印象を与えている。

「クリスティーナ様、今年の公務はすでに三度目でございます」
「あら、そうだったかしら? あまり元気な姿をみせるのはよくないわね……そうね、だったら次の公務では、わざとらしく倒れることにするわ」

 後ろに控えた従者の青年に言われ、クリスティーナは大まじめな様子で頷いた。それを聞いた従者が「またそのようなことを……」と小さくため息をつく。

「あら、いいではない。王女らしく可憐(かれん)に倒れるといいわ。その時はお前が、颯爽(さっそう)とクリスティーナを抱きとめるのよ」

 王妃が怪しげな笑みを()いたまま、楽しそうに告げる。しばし閉口したのち、観念したように従者の青年は頭を垂れた。

「…………仰せのままに、王妃殿下」

「ふふっ、アルベルトが受け止めてくれるなら、心置きなく倒れられるわね」
「クリスティーナ様……お(たわむ)れもほどほどになさってください」
「まあ、アルベルト。あなた、お義母(かあ)(さま)の言うことはきくのに、わたくしの言葉には耳を貸さないのね。従者失格だわ」
「主人を正しい道に導くのも、従者の役目にございます」
「まあ、つまらない男」

 クリスティーナはそう言って、鈴を転がすような耳に心地よい声でくすくすと笑った。



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