氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 封筒を開いた瞬間、ふわりと甘い香りがハインリヒの鼻腔(びこう)をくすぐった。一瞬で記憶があの庭に引き戻される。王城の奥庭(おくにわ)でいつもアンネマリーから(かお)っていたその芳香(ほうこう)は、ハインリヒの胸を()めつけるのには十分すぎた。

 アンネマリーの(ほが)らかな笑顔と、今にも泣きそうにゆがんだ顔が、交互に脳裏(のうり)をよぎっていく。ハインリヒは息を詰め、無意識に唇をかみしめた。

「あの日、アンネマリー嬢、泣いてましたよ」
 カイの言葉が追い打ちをかける。

「一体彼女に何をおっしゃったんです?」
「……二度と顔を見せるなと……そう言った……」

 (うめ)くような低い声でハインリヒが答える。そんな苦し気な表情は、言った本人がするべきものではないだろうに。アンネマリーの涙を思い出しながら「はあ……よりにもよって」とカイが呆れたようにため息をついた。

 これまでも近づいて来た令嬢たちを(しん)らつな言葉で撃退(げきたい)していたが、アンネマリーに向かって今までで一番ひどい言葉を投げつけるとは。

「どうしようもなかったんだ……でないと、いつかわたしは……」
「そんなに思いつめるくらいなら、彼女に事情をお話しになればよかったのに」

 その言葉にハインリヒが顔を上げ、カイを(にら)みつけた。

「そんなこと、龍が許すわけがない」
「龍が()()()するかなんて、言ってみなければわからないじゃないですか。それに素直に話せば、アンネマリー嬢ならきっと分かってくれたと思いますよ」

「はっ、そうして託宣が果たされるその日まで、彼女にずっと待っていろと言うのか! 託宣の相手を王妃に()えて、その裏でアンネマリーを日陰(ひかげ)(もの)にして! そんなことできるはずもないだろう!」
「できますよ。あなたはこの国で、それができる立場にある」

 乱暴に立ち上がって声を(あら)げたハインリヒに、カイは静かだが、冷たい語調(ごちょう)で返した。らしからぬ冷めた視線を真っ直ぐにハインリヒへと向ける。

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