さくらびと。 恋 番外編(3)
二人は、医局の片隅にある、さほど広くない個室スペースの丸いテーブルに並んで座った。
有澤先生は、蕾が作成した報告書に目を通しながら、時折、優しくアドバイスをくれた。
「ここは、もっと具体的に、患者さんの生活リズムに合わせて書いた方がいいかもしれないね。例えば、朝食後に服薬するとか、具体的な時間を提示すると、ご家族もイメージしやすいだろうし。」
彼の声は、落ち着いていて、蕾の心を優しく解きほぐしていくようだった。
そして、説明する際に、二人の肩がかすかに触れ合う。
その度に、蕾の心臓はドキドキと音を立て、顔に熱が集まるのを感じた。
「先生、ありがとうございます。すごく分かりやすいです。」
蕾は、一生懸命メモを取ろうとするが、有澤先生の存在に意識が集中してしまい、なかなか集中できない。
有澤先生の指先が、資料の上を滑るように動く。
その丁寧な仕草と端正な横顔に、蕾は思わず見惚れてしまう。
夏特有の湿った空気も、二人の間には心地よい熱を帯びていた。
有澤先生の、患者さんへの真摯な姿勢と、仕事に打ち込む蕾の姿が、互いを意識させるには十分だった。
この夏の忙しさの中で、二人の距離は、目に見えない糸のように、ゆっくりと、しかし確かに縮まっていった。