さくらびと。 恋 番外編(3)
今日も有澤先生が中庭の桜の木の下で一人佇む姿を、蕾は何度か見かけていた。
その背中には、どこか寂しげな雰囲気が漂っており、蕾はその理由をどうしても知りたくなっていた。
まるで、あの桜の木が、先生の悲しみを背負って受け止めているかのようだった。
そんなある日、蕾はその日にあたった担当患者さんの定期注射の準備をしていた。
「よし、505号室の北井さん、◯◯◯注シリンジ 50mg。前回は、、左腕だったからー、今日は右腕ね。ダブルチェックもokと。」
患者さんのカルテをチェックし、トレイにアルコール綿花と注射器を入れて準備していた。
「桜井さん、有澤先生も立ち会いたいって連絡きてたわ。」
「そうですか。わかりました。」
日記で一緒に働いていた、リーダーをしている看護師の三上さんから報告があった。
ふいに出た有澤先生の名前に、蕾は一瞬だけどきりとしたが、平静を保った。
いつもなら一人で病室へ向かうのだが、なぜか今日は有澤先生が付き添ってくれるらしい。
「桜井さん、お待たせしました。」
「いえ、私も準備が終わった所です。では、行きましょうか。」
患者さんの病室へ向かう途中、二人の間にはかすかな緊張感が漂っていたが、注射が無事に終わり、ナースステーションへ並んで戻る道すら、いつの間にかその緊張感は和らいでいた。
「今日の患者さん、落ち着いていましたね。」
有澤先生が、ふと口を開いた。
「はい、先生のおかげで、無事に終わりました。ありがとうございます。」
蕾は、素直に感謝の気持ちを伝えた。有澤先生は、そんな蕾の言葉に、穏やかな表情で頷いた。
「桜井さんも、いつも丁寧だからね。患者さんも安心されていると思いますよ。」
「いえ、、そんな...。」