さくらびと。 恋 番外編(3)
ふと振り返ると、有澤先生が遠くの席で他の男性医師たちと話しているのが見えた。
先生のいつも見ない私服の肩が少しだけ見えて、さっきまでの会話が脳裏によみがえる。
やっぱり素敵だなーーー
そう思うと同時に、またしても胸の奥が疼いた。
「(こんな気持ちを持つ資格なんて私にはないのに)」
理性で抑えようとすればするほど苦しくなる。
アルコールが回り始めたのか、頭の奥がじんわりと温かくなってきた。
それでも心の痛みは消えない。むしろ鮮明さを増しているようだった。
「大丈夫?顔赤いよ?」
近くに座っている蕾の先輩が声を掛けてくる。大丈夫ですと答えて、蕾はさらにグラスを煽った。
こんな気持ちは全部飲み干してしまえばいい。
そう思ったのに、酔いが回れば回るほど逆に思考が冴えてくる気がした。
会場の喧騒が遠くに聞こえる。
有澤先生がこちらを向くたびに視線を逸らすのも辛かった。
どうして普通に話せなくなってしまったんだろう。前はあんなに自然に話せていたはずなのに。
「(あの時の選択が間違ってたのかな…)」
あの忘年会の夜。二人の関係は少しずつ決定的に変わってしまっていた。
いや、もともと職場恋愛なんて……。
理性が警告してくれていたのに、気持ちに流されてしまった自分がいたのは事実だ。
「(だからこれは罰なんだ)」
そう自分に言い聞かせる。こんな状況を受け入れなければならない。
看護師として割り切るべきだ。
そう思えば思うほど、胸の奥で燻る炎が大きくなるようで辛かった。
「ねぇ、桜井さん?ほんとに大丈夫なの?」
吉岡さんの心配そうな声が聞こえて我に返る。さっきよりも酔いが回っているようだった。
頭がふわふわしていて、周りの音が妙にくぐもって聞こえる。
「平気……ちょっと飲みすぎただけだから」
無理やり笑顔を作って見せる蕾。しかし顔色までは誤魔化せない。