さくらびと。 恋 番外編(3)
「桜井!」

板垣先生の怒声が響き渡った。



ナースステーション全体が凍りつく。





「どういうことだ!どうしてこんな基本的なミスを……!」





蕾の顔から血の気が引いた。手に持っていたカルテが床に落ちる音だけが静寂を破る。





「申し訳ありませんでした。」






声が震える。普段からミスをしないように細心の注意を払ってきたのに、こんな時に限って……。






「申し訳ないで済むか!」






板垣先生の怒りは収まらない。






「こんな初歩的なミスが命に関わることだってあるんだぞ!」







周囲の看護師たちが心配そうな表情で見守る中、板垣先生はさらに言葉を続けた。









「全く……君みたいな看護師がいるとチーム全体の質が下がる」







言葉の刃が次々と刺さる。蕾は唇を噛みしめ、必死に耐えていた。








「特に……」板垣先生が一瞬間を置く。「5年前に自殺した患者さんの件もあるしな」









その瞬間、さくらの中で何かが砕けた。5年前のあの出来事ーーー








ーーーねえ、



蕾ちゃん。ーーー








彼女、千尋さんの笑顔が蘇る。








トイレで自殺を図り、ひとりで窒息死してしまった千尋。







その光景が脳裏に蘇り、全身から力が抜けていく。









「あんなことが起きるのも無理はないな。いつまで経っても成長しないんだから」










もう聞いていられない。










蕾は無意識のうちに駆け出していた。












ナースコールの音さえも耳に入らないほど混乱したまま、病棟を飛び出す。







階段を駆け上がり屋上へ。










涙が止まらなかった。








「なんで……」








5年経ってもなお癒えない傷を掘り返され、過去の痛みが鮮明によみがえる。









あの日から何人の患者を救ってきたか分からないのに、1つの失敗が全てを否定されるような気がした。








一人泣き崩れる。







誰にも見られたくない。







そんな状態の自分を認めたくなくて。








冬に近づく空は、とても冷たかった。









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