寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「旦那様ぁ、大概の執務は片付けたとは言え、やることがなくなったわけではございませんからねぇ! 夕刻までにはきちんとお戻りくださいよぉ」

 外からマテアスの声が聞こえたが、それもあっという間に遠ざかっていく。ここ数日、ジークヴァルトが忙しそうだったのも、リーゼロッテを送る時間を取るためだったのだ。

(過保護にもほどがあるっ)

「あの、ヴァルト様、わたくしのためにご無理はなさらないでください」
「無理などしていない」

 そう言ってジークヴァルトはついと顔をそらした。

「ルカの事も、申し訳ございませんでした。お預かりしている大事なツェツィーリア様にあんな……」
「それも問題ないと言っただろう」
「ですが、レルナー家がどう思われるか……ジークヴァルト様にご迷惑がかかったりしたらと思うとわたくし……」

 不安げに見上げると、ジークヴァルトはゆっくりと髪を()きだした。

「問題ない。グロースクロイツは信頼できる男だ。先代の時からツェツィーリアの従者をしている」
「なら、よかった……」

 ジークヴァルトの言葉に、リーゼロッテはふわりと笑った。

「そんな人がツェツィーリア様のおそばにいるなら、わたくしも安心ですわ」
「ふっ、お前はいつも人の心配ばかりだな」

 一瞬だけ魔王の笑みを口元に乗せると、ジークヴァルトは書類に目を通し始めた。向かいの席には、大きな箱が置かれている。そこに入っているのは、すべてジークヴァルトが片付けなければならない書類の束だ。

 これで無理していないと言われたら、こちらはどうすればいいのだろうか。今は婚約者という関係で、ふたりは公爵と伯爵令嬢という立場だ。黙って従っていればいいのかもしれない。だが――

『家族ってなに?』
 昨夜のツェツィーリアの言葉が胸に残った。

 気づけば伯爵家の令嬢として、当たり前のように日々を過ごしていた。義父のフーゴがいて、義母のクリスタがいて、ルカがいて。血のつながりはなくとも、自分たちは家族だ。公爵家での生活にも慣れはしたが、やはり住み慣れた家に帰るとなると、心底ほっとしている自分がいる。

(でも思えば、お義父様もお義母様も、結婚する前は他人だったのよね……)

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