寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
「死んだ人間の記憶の欠片(かけら)? なんだぁ、このふざけた調書は」

 渡された書類の束を、バルバナスはニコラウスに投げて返した。ばらばらになりそうな調書の束を、寸でのところでキャッチする。ほっと息をつくニコラウスを無視して、バルバナスは忌々(いまいま)()に舌打ちをした。

「ですがこの調書は、あのカイ・デルプフェルトが作成したものですよ。彼ほどの人物が、偽りを書くとは思えません。それに実際に、例の星を堕とす者は浄化されたようですし……」

 目の前に立つ一本の木を見上げる。満開の花が咲き誇るアーモンドの木だ。

 ニコラウス自身は、ここにいたという異形の者――泣き虫ジョンを直接目にはしていない。フーゲンベルク家に来たときは、この木は雪にうもれて近づくことすらできなかった。

 そのジョンが浄化された。そう公爵家から連絡があったのが、春の雪解けを待って調査が再開される直前のことだ。

「やだ、本当にジョンがいなくなってる」

 ふいにアデライーデの声が割り込んできた。いつもジョンが膝を抱えて泣いていた木の根元をまじまじと見つめ、次いで上を見上げる。薄紅色の花が咲き乱れる見事な枝ぶりだ。

「この木、アーモンドだったのね。夏には実がなるかしら」
「おい、アデリー、ここには来るなと言ったはずだ」
「何よ、別にいいでしょ。もうジョンはいないんだし、危ないことは何もないでしょう?」

 アデライーデはぷいと顔をそむけると、いきなりニコラウスの尻をぎゅっとつまみ上げた。

「あだだだだだだだっ! おまっ、いきなり何すんだよっ」
「それはこっちの台詞よ。ニコの妹が、公爵家で暴言を吐きまくったそうじゃない? わたしの可愛いリーゼロッテを泣かせておいて、ただで済むと思ってるわけ?」

 アデライーデの後ろに、エーミールとエマニュエルが立っているのが視界に入り、ニコラウスは青い顔をした。ここにあの茶会に居合わせた人間がふたりもいる。当然、使用人からも、アデライーデに詳細が伝えられたことだろう。

「ちっ、くだらない話をしてんじゃねぇ。異形が浄化されたのなら、ここにはもう用はない。帰るぞ、アデライーデ」

 バルバナスに無理やり引っ張っていかれる。アデライーデは不服そうにしながらも、おとなしくそれに従った。

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