寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「エラ、あなたはダーミッシュ領へともどっていたのではないのか?」
「リーゼロッテ様のお使いで、こちらに寄らせていただきました」

 今日のエラは、訪問用のきちんとしたドレスを着ている。化粧も派手にならない程度に、きっちりと施されていた。

「あの、エラ嬢……先日の茶会では、妹が失礼をして本当に申し訳ない」
 ニコラウスに頭を下げられ、エラは慌ててその手を取った。

「そんな、頭をお上げになってください。ニコラウス様はきちんとイザベラ様を(いさ)めようとなさってくださいました。わたしに謝る必要などありません」
「……エラ嬢が、癒しの天使に見える」

 大口を開けたまま、ニコラウスは呆けたように言った。取られた手を反対にぎゅっと握り返す。

「何を馬鹿なことを言っている」

 いつまでも離そうとしないニコラウスからエラの手を奪い取ると、エーミールはエラを自分の方へと引き寄せた。

「今からどこかへ訪問するのか?」

 控えめだが上質なドレスを身に(まと)っているエラに問うと、エラは少し躊躇(ちゅうちょ)してから口を開いた。

「これからグレーデン家にお邪魔させていただく予定です」
侯爵家(うち)に?」
「はい、リーゼロッテ様の使いとして、ウルリーケ様へお見舞いの品を届けに参ります」

 その返事にしばし考え込むと、エーミールはエラの手を引いて歩き出した。

「ならばわたしも行こう」
「え? ですが、エーミール様は……」

 エーミールはウルリーケと折り合いが悪そうだった。グレーデン家へと帰ることを(いと)う様子を、エラは常にエーミールから感じ取っていた。

「わたしも一度は見舞いに行くつもりだった。いい機会だ、一緒に行ってやる」

 むしろエラにエーミールが便乗した感じだが、エーミールにしてみれば、そんなきっかけがなくては、足が向かなかったのかもしれない。そう思ってエラは黙って頷いた。

 ふたりは手と手を取り合って、エントランスから出て行ってしまった。その場にぽつりと取り残されたのは、ニコラウスひとりだ。
 遠くから、使用人たちの楽し気な笑い声が聞こえてくる。二匹のおめめきゅるんな異形の者が、仲良さげにきゃっきゃとはしゃぎながら目の前を横切った。

「どうしてオレだけ……」
 漏れた声が誰もいない廊下に(わび)しく響く。

「オレだけの癒しが欲しい……」

 若干涙目になりながら、ニコラウスはまだ見ぬ癒しを求めて、とぼとぼと歩き出した。

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