寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 エーミールに制されて、エラは仕方なく貴族としての礼を取った。グレーデン夫妻はこれから夜会へ出かけるような(きら)びやかな(よそお)いをしている。母親が容態思わしくなく、()せっている最中とは思えない着飾りようだ。

「エメリヒ、早く行きましょう。お義母様に何かあったら、しばらくは夜会にも出られなくなるわ。本当につまらない」

 グレーデン夫人の言葉に、エラは我が耳を疑った。咄嗟(とっさ)に侯爵の顔を(うかが)い見るが、母親を(そし)られた割には平然とした顔のままだ。そのエラに、グレーデン侯爵がちらりと一瞥(いちべつ)をくれた。目が合いそうになり、エラは慌てて瞳を伏せた。

「エーミール、女遊びをするのは構わないが、相手はきちんと選んでくれよ。下賤(げせん)な女を(はら)ませて、母上の機嫌を(そこ)ねられても困るからな」
「父上……!」

 その言いようにエラは絶句した。それでも礼を崩すことは、立場上できはしない。

「あらあなた、エデラー商会の娘ね? あそこの化粧水はわたくしたちの間でも、なかなかの評判よ。(いや)しい者が作った物にしては、まあまあよくできているって。これからも商魂(しょうこん)たくましくやることね」

 鼻で(わら)うように言われ、エラは身をこわばらせた。だが、平静を装って「ありがたきお言葉いたみいります」とさらに深く礼を取った。頭を下げた視線の先で、ぐっと握られたエーミールの(こぶし)が視界に入る。エラの礼を見届ける前に、侯爵夫妻はさっさと歩き出していた。

 ふたりの背が見えなくなったのを確認した後、エラは礼の姿勢を解いた。
「エーミール様、参りましょう」
 侯爵夫妻が消えた廊下の先を、無言のまま睨みつけるエーミールに、そっと声をかける。もう一度拳を強く握りしめると、エーミールは歩き出した。エラは、黙ってその背について行った。

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