寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 アニサにもずっと言われていた。できるだけ早く手に職をつけて、イグナーツの元を離れるようにと。そして、独り立ちができたら、今まで同様、ひと所に留まらないようにと。

 ルチアはじょうろをテラスの片隅に置いて、部屋の中へと戻った。備え付けの洗面台で顔を洗う。春先の水はまだ冷たいが、こうするとすっきりと目が覚める。顔を拭きながら、ルチアは鏡に映る自分の姿をじっと見つめた。

 ――金色の瞳に見事な赤毛。

 それが自分だ。顔立ちはアニサに似ているが、その色彩は似ても似つかない。イグナーツが自分の父親ではと疑うこともあったが、瞳の色は似ているものの、彼は綺麗な銀髪だった。

 以前のようにこの赤毛を染めることはしなくなった。髪染めは洗うとすぐに落ちてしまう。毎日のように風呂に入れるようになった今では、この長い髪を毎回染めるのは面倒でしかない。

(母さんが何から逃げていたのかはわからないけど)

 ルチアはいまだアニサの言いつけを守って、常にかつらをかぶって過ごしている。ずっと母に言われ続けていたことは三つある。この赤毛を見られないように。体にあるあざを知られないように。そして、神殿には決して近づかないように。
(普通は神殿なんて、行きたくても行けない場所なのに……)
 神殿とは本来、貴族のみが利用するものだ。庶民は何かあったら、教会に行くのがあたりまえのことだった。

 長く伸びた髪を三つ編みにしてきつく編んでいく。二本のおさげを手早くまとめ、その上からルチアは茶色のかつらをかぶった。肩口で切りそろえられたこのかつらは、前髪が長くて鬱陶(うっとう)しい。アニサは自分のこの金色の瞳も、人目につくのを嫌がった。

 そのくせふたりきりでいるときに、綺麗な瞳だとアニサは口癖のように言っていた。
『鮮やかな赤毛と金色の瞳が、まるでプリムラの花のよう』
 そう言ってアニサは、いつも(まぶ)しそうにルチアを見た。

(母さん……)

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