寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
そのアニサも先月、ルチアを残して逝ってしまった。眠るような旅立ちだった。
病院に入院して、呼吸も楽になった様子のアニサは、ずっと穏やかに過ごしていた。あたたかい部屋で、食べ物に困ることもなく、ゆっくりと体を休めることができた。ルチアもでき得る限りアニサのそばにいた。そうできたのは、すべてイグナーツのおかげだ。
王都の病院で初めて会ったイグナーツは、ここに移ってからというもの、一度もその姿を見せることはなかった。ただ、アニサの葬儀の時にはふらりと現れ、短い時間だけ、ルチアのそばにいてくれた。
今、寝泊まりしているのは学校の寮だ。この土地の領主は領民のために学校を建て、貧しい家の子供には無償で通わせているとルチアは聞いた。簡単な読み書きや計算から、専門職の特別な技能まで、それぞれの資質に合わせて学べるようにしてくれているらしい。
(いろんな土地に行ったけど、こんなやさしい領主様は初めてだわ)
しかし、ルチアがいる寮は、裕福な家の子供が入るような特別なものだった。その中でも一等贅沢な個室がルチアにあてがわれ、おかげで部屋の中にいるときは、人の目を気にすることなく、気兼ねなく素顔をさらすことができている。
イグナーツが用意してくれた環境は、ルチアにとって驚くことばかりだ。衣食住に困ることなく、日々憂いなく過ごすなど、ルチアの生きてきた中で一度も経験がなかった。
それでも、アニサと懸命に生きてきたあの日々に戻れるなら。いまだにそう願ってしまう。母がいなくなってからは、学校に通って、この部屋に戻ってくるだけの毎日だ。
学校で教えてくれる内容はどれも目新しく、それなりに楽しくは思える。だが、裕福な子女が通うコースに入れられて、ルチアはその環境にはなじむことができていない。
ルチアはもう一度かつらの位置を確認すると、母の形見のロケットペンダントを首から下げた。中に龍が彫られた繊細な作りのものだ。
ロケットを握りしめ、祈るように瞳を閉じる。今日は授業で貴族のお屋敷へ行かなくてはならない。行儀見習いとして、メイドの体験をするのが目的だった。
「母さん、わたしを見守っていて」
呟いて、ルチアはその部屋を出た。
病院に入院して、呼吸も楽になった様子のアニサは、ずっと穏やかに過ごしていた。あたたかい部屋で、食べ物に困ることもなく、ゆっくりと体を休めることができた。ルチアもでき得る限りアニサのそばにいた。そうできたのは、すべてイグナーツのおかげだ。
王都の病院で初めて会ったイグナーツは、ここに移ってからというもの、一度もその姿を見せることはなかった。ただ、アニサの葬儀の時にはふらりと現れ、短い時間だけ、ルチアのそばにいてくれた。
今、寝泊まりしているのは学校の寮だ。この土地の領主は領民のために学校を建て、貧しい家の子供には無償で通わせているとルチアは聞いた。簡単な読み書きや計算から、専門職の特別な技能まで、それぞれの資質に合わせて学べるようにしてくれているらしい。
(いろんな土地に行ったけど、こんなやさしい領主様は初めてだわ)
しかし、ルチアがいる寮は、裕福な家の子供が入るような特別なものだった。その中でも一等贅沢な個室がルチアにあてがわれ、おかげで部屋の中にいるときは、人の目を気にすることなく、気兼ねなく素顔をさらすことができている。
イグナーツが用意してくれた環境は、ルチアにとって驚くことばかりだ。衣食住に困ることなく、日々憂いなく過ごすなど、ルチアの生きてきた中で一度も経験がなかった。
それでも、アニサと懸命に生きてきたあの日々に戻れるなら。いまだにそう願ってしまう。母がいなくなってからは、学校に通って、この部屋に戻ってくるだけの毎日だ。
学校で教えてくれる内容はどれも目新しく、それなりに楽しくは思える。だが、裕福な子女が通うコースに入れられて、ルチアはその環境にはなじむことができていない。
ルチアはもう一度かつらの位置を確認すると、母の形見のロケットペンダントを首から下げた。中に龍が彫られた繊細な作りのものだ。
ロケットを握りしめ、祈るように瞳を閉じる。今日は授業で貴族のお屋敷へ行かなくてはならない。行儀見習いとして、メイドの体験をするのが目的だった。
「母さん、わたしを見守っていて」
呟いて、ルチアはその部屋を出た。