寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 顔を寄せて、周りに聞こえないように耳元で問う。本に集中していたせいか、リーゼロッテは一拍置いてから顔を上げた。

「ジークヴァルト様が、わたくしにそんなことなさるはずはありませんわ」
「そんなことって、婚約者なんだし、別に普通じゃない?」

 唇を尖らせて呆れたように言ったリーゼロッテに、カイも呆れたように言葉を返した。

「婚約者と申しましても、わたくしたちは龍が決めた間柄ですから」
「……うん?」
 さみしげにうつむいたリーゼロッテに、カイはわからないといった顔をした。

 対の託宣を受けた者同士は、問答無用で惹かれ合う。龍の託宣の存在を知る者なら、それはもはや常識だ。特に、男側の執着がひどいというのは、周知の事実のことだった。

 婚姻の託宣が降りる前に子ができて、なし崩しに結婚を前倒しする者は、過去にも多く存在する。ジークヴァルトの両親がその典型だ。アデライーデはふたりが十七歳の時に生まれているので、ジークフリートはかなり早い段階で、ディートリンデに手を出したことがまるわかりだ。

 しかしリーゼロッテは、龍の託宣自体を知らずに育ってきた。そんな常識すら知り得ない環境だったのだろう。

「なるほど。そこからか」

 カイは納得したように頷いた。ジークヴァルトが手を出さないのは、大方リーゼロッテに泣かれたくないとか、理由はそんなところだろう。逆に言うと、手を出したが最後、リーゼロッテを泣かせるくらいには、欲望が渦巻いているということだ。

「リーゼロッテ嬢もたいへんだ」

 ジークヴァルトの(たが)が外れた時が思いやられる。そう思って肩をすくめると、エマニュエルに白い目で睨まれてしまった。

「どうせいつか泣かせるんだったら、さっさと違った意味で()かせればいいのに」

 下世話な想像をしながらつぶやくと、リーゼロッテは再び小首をかしげた。

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