寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「何でもないよ」
 にっこり笑って手元の書物に視線を落とす。リーゼロッテも調べ物に戻って、書庫に沈黙が訪れた。時折ページをめくる紙の音だけが聞こえてくる。

(――対の託宣を受けた者)

 その存在の重さは、はかりきれないらしい。片割れを亡くした託宣者は、みるみるうちに憔悴(しょうすい)し、そのほとんどが後を追うように逝ってしまう。女好きでちゃらんぽらんなイグナーツですら、あんなふうになるのだから、カイにしてみれば驚きしかない。

 もしも、自分が消えたなら、ひとりくらいは本気で泣いてくれるだろうか。

 ふとそんなことを考えて、カイは目の前で一心不乱に本を読んでいるリーゼロッテを見やった。めそめそと泣く彼女の姿を想像し、それをなぐさめるジークヴァルトまで容易に目に浮かぶ。
 リーゼロッテは星を堕とす者をも浄化した。彼女ならもしやと思ったが、やはりジークヴァルトの相手であることを思うと、自分が彼女の唯一になるなどあり得ないことだろう。

 イジドーラは『馬鹿な子ね』くらいは言いそうだが、押し黙るだけで、おそらく泣いたりはしないだろう。イジドーラの泣き顔は二度と見たくない。しかしカイは、彼女にはもうディートリヒ王がいると、ひとり頷いた。

 ならば、アンネマリーは?
 王城で見た彼女の涙は綺麗だった。だが、あの時の涙はハインリヒのものだ。例え彼女がカイを思って泣いたとしても、あの涙と同じであるはずもない。

(――オレは何も持たない)

 自らそうしてきたのだ。誰も許さず、誰にも許されず。どうせ消えて無くなるこの身に、そんなものを残してどうなるというのか。
 それなのに、自分のためだけに涙を流す誰かがいたのなら。そんなことを本気で願う自分に、いつしかカイは気がついていた。

 みなが自分を忘れ去っても、ただひとり、誰かのその心に、ずっとずっと抜けない(とげ)のように残っていられたら――

 それはどんなに甘美な想像だろう。愛することなどできないくせに、自らは無償のそれを欲しがるなど、まるで聞き分けのない子供のようだ。

 その甘い甘い夢物語を思い、自嘲(じちょう)気味にカイは、ひとり(わら)った。

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