寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
「みなさん、よくお聞きなさい。今日は伯爵様のお屋敷に、行儀見習いとして参ります。決して、決して粗相のないよう気をつけるのですよ」

 教鞭に立つ淑女マナー担当の女性教師が、チェーン付きの丸眼鏡をくいと上げた。

「出発する前に、おさらいをしておきましょう。貴族の方々にお会いしたら、まず顔を伏せること。目を合わせたり、不躾に見たりするのは不敬に当たります。十分注意するように」

 はーいと少女たちが返事をするが、その様子はみな浮足立っている。

「廊下ですれ違う時は、必ず端によって道を譲ること。顔は伏せたまま、こう頭を下げて礼を取ります。よいですか、この角度が最も美しいとされています」

 マナー教師が背筋を伸ばしてきっちりとお辞儀をする。

「ねえ、先生。淑女の礼のやり方も教えて欲しいわ」
「淑女の礼ですか?」

 言ったのは、クラスの中でも金持ちの商家の娘だ。学校に多額な寄付金をしている家なので、教師に対しても常に傍若無人にふるまっている。

「だって、いつ貴族の方に結婚を申し込まれるかわからないでしょう? わたし、そのときに恥はかきたくないわ」

 取り巻きの少女たちが、そーよそーよと口をそろえて言った。このクラスにいるのは裕福な家の子女たちだ。行儀見習いに行った先で、貴族に見初められることを夢みるような少女たちばかりだった。

 そんなやり取りを、ルチアは後ろの席で興味なさげに聞いていた。貴族の屋敷では極力目立たないようにしなくては。ぼんやりと窓の外を眺めながら、そんなことを考えていた。

「ふむ。わかりました、いいでしょう。わたしも若い時分には貴族のお屋敷に努めていた身。見本を見せますから、よくご覧なさい」

 教壇で女性教師はスカートをつまみ上げ、礼を取るポーズをした。生徒たちから、おおという尊敬の声が上がるが、その体勢はバランス悪く、頭も左右にぐらぐらと揺れている。ルチアの目には、不格好な礼にしか映らなかった。

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