寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「どうですか? せっかくですので、ひとりずつ前に出て練習してみましょう」

 嬉々として、少女たちが順番に前に出ていき、見様見真似で礼を取る。ひとりひとりの姿勢をチェックしながら、教師があれやこれやとその所作を正していく。だが、結局は不格好なままの礼にしかならず、ルチアはこのへんてこな授業をぽかんと見守っていた。

 ルチアは小さいころから、アニサと一緒に「お姫様ごっこ」という遊びをしていた。ルチアがお姫様になりきって、礼儀正しく振舞うのだ。

 淑女の礼の取り方はもちろん、お姫様のしゃべり方や歩き方、食事の仕方から笑い方にいたるまで、アニサはいろんな振る舞いを教えてくれた。ごっこ遊びというには厳しすぎるほど教え込まれたが、忙しく働くアニサと一緒に過ごせる唯一の時間だったので、幼いルチアも一生懸命それに応えた。

 今思えば、アニサはどうしてあんなことを自分に教えたのだろう。もしかしたら母もかつて、貴族の屋敷で働いていたのではないだろうか。マナーがなっていれば就職先の幅も広がる。イグナーツもお金持ちそうだったし、ふたりはきっとその頃の知り合いだったのだ。
 そんなことを考えていると、女性教師がルチアに視線を向けた。

「ルチア・ブルーメ。あなたが最後ですよ。さあ、前にいらっしゃい」

 ブルーメとは学校に入る際に、イグナーツが勝手につけた苗字だ。ここでルチアは「ブルーメ家の遠縁のお嬢さん」という肩書になっている。だが、ブルーメ家が一体どんな家なのか、ルチアにはよく分からないままだ。

 面倒だったがルチアは仕方なくひとり前に出た。女性教師に促され、アニサに教えられたとおりの淑女の礼をとる。

 背筋を伸ばし、指先の動きにまで神経を集中して、ゆっくりとスカートをつまみ上げた。カーテシーは足の位置が重要だ。不安定な姿勢に体の軸がぶれないよう、細心の注意を払う。瞳を伏せ、口元に小さな笑みを乗せたのも、すべてアニサの教えだった。

 興味なさげにおしゃべりに興じていた少女たちが、その無駄のない一連の動きを前に、驚きで押し黙った。しんと静まり返った教室の中、ルチアはゆっくりとした優雅な所作で、淑女の礼を崩していった。

「ま、まあまあ、いい感じでできていました。さすがはブルーメ家に縁続きというだけはありますね」

 動揺を隠しつつ、女教師が強がるように頷いた。

「あの、もう席に戻ってもいいですか?」
「ええ、練習はここまでにして、そろそろ伯爵様のお屋敷に向かいましょうか」

 教師の声掛けに、教室内は再び騒然となった。

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