寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
 ダーミッシュ領は驚くほど治安がいい。どの街に行っても活気があるし、何より領民がみな憂いなくしあわせそうに暮らしている。カイはここ数日、観光で立ち寄ったいいとこの坊ちゃんを装って、あれこれと情報収集をしていた。
 誰に聞いても、口をそろえたように領主をほめちぎる。領民に尊敬と感謝の念を抱かれるダーミッシュ伯爵は、理想の領主と言えるのだろう。

 領民など、ただの労働力としか考えない貴族も少なからずいる。歴史が長く権力を持つ貴族ほどそれが顕著で、ダーミッシュ伯爵は貴族としては疎んじられるような立ち位置だ。

 ダーミッシュ伯爵は誠実な人物だが、だが、お人好しというわけではない。きちんと貴族としての立ち回り方を心得ているし、政敵に隙を見せないだけの抜け目なさもあった。そこのところはさすがと言える。新興貴族との格の違いは歴然だった。

 この職業訓練学校もよく機能しているようだ。簡単な読み書きや計算ができるだけでも、働き手として重宝される。優秀な者などは他領や王城に斡旋し、バックマージンを貰うシステムすら確立されていた。

「ここの学校は本当によくできているね。王城でも、ダーミッシュ出身の者は優秀な人物が多いって評判になってるよ」
「ありがたいお言葉です」

 案内人の男は嬉しそうに頷いた。

「あとは適当に見て帰るから、案内はもういいかな」
「さようでございますか。では、ごゆっくりしていってください」
「忙しいところありがとう」

 ひらひらと手を振って、カイはその男の背を見送った。

「こんな危機感がなくて、大丈夫なのかな?」

 王城より来た騎士とはえ、悪さを働かないとは限らない。ダーミッシュ領の人間はおおらかと言うか、基本人を疑うことを知らないようだ。生活が潤っているので、心が荒むこともないのかもしれない。そう結論付けて、カイは気ままに校舎内を歩き出した。

 平民が使うにしては立派な造りの建物だ。初期投資は伯爵家が行い、ここ数年でようやく黒字になってきたと聞いた。それなりの紆余(うよ)曲折(きょくせつ)はあったのだろう。

(普通の貴族なら、こんな面倒でリスキーなことはしないよな)

 平民から税を絞り取れば、それなりに贅沢な生活は維持できる。(たち)の悪い(まつりごと)は、王からの教育的指導が入るが、そこにいくらでも抜け道はあった。

(でもグレーデン領からここに移住する者も増えてるって話だし、長い目で見て、どちらが繁栄するかは明暗が分かれそうだな)

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