寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
 外に出ると、まだ日も昇らない暗闇だった。昨日に引き続き、強い風が吹いている。春になったとはいえ、この時間はまだ肌寒い。その冷えた空気を吸いながら、ジークヴァルトはいつもの場所へとひとり向かった。

 空の境目が白みかける頃、マテアスが大ぶりの剣を抱えてやってきた。普段よりも早く待っていた(あるじ)に、マテアスが訝し気な顔をする。

「今日はお早いですね。もしかして寝てないんですか?」
「しばらく横にはなった」
「……まぁ、いいでしょう。後で仮眠の時間を作ります。ひと汗流したら、今朝は早めに切り上げましょう。で、今日はいかがなさいますか?」

 剣を差し出すと、ジークヴァルトはそれを黙って受け取った。

「マテアスの好きでいい」
 剣を(さや)から抜いたジークヴァルトの言葉に、マテアスは体の前ですっと両手を構えた。
「では、こちらは素手で参ります」

 一瞬の静寂の後、ふたり同時に動き出す。容赦なく繰り出される切っ先に、マテアスは飛びのくように距離を取った。ジークヴァルトが次の構えを取る前に、その懐へと飛び込んでいく。
 手元を狙ったマテアスの手刀を、寸でのところで(ひじ)で受ける。はじき返すように剣を一閃すると、再びマテアスは遠く距離を取った。

 この早朝の手合わせは、ジークヴァルトが幼少の頃から、日課のように続けられている。マテアスは騎士ではないので、長剣をふるうことはない。だが、時には細剣を持ち、時には短刀で、そして今日のように体術を用いて、ジークヴァルトの相手をずっと務めてきた。

 賊に襲われるとき、相手が礼儀正しい騎士の作法で向かってくるなどあり得ない。ありとあらゆることを想定して、この鍛錬は続けられている。

 互いの(くせ)を知り尽くしているため、勝敗は大概、時間切れで幕を閉じる。幾度目かの攻撃がお互い不発に終わった時、マテアスはその体から緊張を解いた。

「今日はこのくらいにしておきましょう。湯で汗を流したら、一時間だけでも眠ってください。あなたに倒れられたら、わたしもいい迷惑ですから」

 再び長剣を抱えると、マテアスは屋敷に戻っていった。その背を見送りながら、いつの間にか明けた空を見上げる。低く、厚い雲が強風に流されていく。雲間に映る朝焼けが、その動きとともに形を変えた。

 自身の欲情を吹き飛ばすかのように、風に立ち、ジークヴァルトはしばらくの間、その様子をじっと見つめていた。

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