寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
(今日はどれを読もうかしら……)

 アンネマリーは星読みの間の書斎で、本を吟味していた。正式に王太子妃になった後、隠されたこの本棚の存在を、イジドーラ王妃に告げられた。目の前に並ぶのは、歴代の王太子妃たちが書き残した記録の数々だ。
 いわば日記というやつだが、書いた人間によって内容は様々だった。王太子妃としての心構えを後世に残す者から、ただ日々の出来事を淡々と綴る者、中には、食卓のメニューを並べるだけのそんな強者(つわもの)もいた。

 王太子妃としてやっていくにあたって、参考になる物とそうでない物の落差がありすぎる。そんなラインナップに、アンネマリーは思わず力が抜けてしまった。過去の王太子妃たちが、肩ひじを張らなくても大丈夫だと教えてくれているようで、アンネマリーは少しだけ気が楽になった。

 そうはいっても、アンネマリーはあまりにも急にこの立場となってしまった。本来なら幼少期から行われるであろう、王妃になるための教育は、もはや実地訓練と化している。
 何しろ今まで上だった身分の者が、一斉に自分にかしずいて来るのだ。いきなり王族に籍を置いた身で、人を従えるのはことのほか気を使う。

 指を滑らせて背表紙を追う。綺麗な日記は手に取らず、すり切れたものを優先的に開いていった。
 参考になる日記は、過去の王太子妃たちにも何度も読まれてきたようだ。年月を経て(まく)られ続けた日記などは、もうページがちぎれそうなくらいだった。

(あ、これはまだ見てないわね)

 奥の方に押し込まれていたぼろぼろの日記を探し当てる。紙が破れないようにと、アンネマリーはそっとそれを開いた。
 ぺらぺらと少しめくって、アンネマリーは慌てたようにその日記を閉じた。顔を赤くして、しばし固まったまま動けなくなる。

(見間違いではないわよね……)
 心を落ち着けてから、再びそうっと日記を開く。中でもだんとつと言えるほどすり切れたその日記には、細かい文字でびっしりと(ねや)の作法が記されていた。

 いかにして愛する王太子を癒すのか。そんなことが中心に書かれている。刺激的な体位、マンネリになった時の打開策、殿方の体に関する知識のアレコレ。時には図解入りで、夜の営みに関することが、表現豊かに綴られていた。

 しかもいろいろな者が、後から書き加えた痕跡も残っている。王太子妃たちの叡智が詰まった、究極の愛の教本となっていた。

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