寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 気を抜くとすぐ昔に戻ってしまう。これも急な立場の変化についていけてない(あかし)だ。

「大丈夫。アンネマリーはちゃんとやれているから」
 今度はその耳にキスを落とす。そのままアンネマリーの肩に、ハインリヒは自分の顔を乗せた。

「ハインリヒはアランシーヌ語が話せたのですね」
「ああ、でも聞くのはそこそこできても、話すのは苦手だな」
「ですが、先ほどは完璧でしたわ」
「そうかい? テレーズ姉上に比べたらまだまだってところだろうな。姉上は子供の頃からアランシーヌ語がペラペラだったから」
「え? テレーズ様が?」

 アンネマリーは首をかしげた。テレーズの元にいた時、隣国の言葉をうまく話せない彼女のために、アンネマリーはいつも通訳のようなことをしていた。時には隣国の貴族に、テレーズに伝えられないような暴言を吐かれて、人知れず涙した日もあった。

「ああ、分からないふりはきっとわざとだよ。言葉を理解できないとなると、侮って相手はぼろを出しやすくなるからね」
「そんな……」

 あんな口汚い言葉を、テレーズはにこやかな顔で聞いていたのだろうか。そのしたたかさに、アンネマリーは驚きを隠せない。

「アンネマリーは隣国の言葉に()けているからね。わたしもうまく話せないことにしておいた方が、隣国との交渉がうまくいくかもしれないな」

 そう言いながら、ハインリヒは腕に乗せたアンネマリーの胸をゆさゆさと揺らした。腹に巻き付けた腕に乗せ、先ほどからその重みを楽しんでいるようだ。

 ハインリヒはこの大きな胸がいたくお気に入りだ。ずっとコンプレックスに思っていたのに、今では大きくてよかったと思っているから、自分も相当現金だ。くすりと笑って、ハインリヒを振り返った。

「ん? どうしたんだい?」
「いえ、ハインリヒが楽しそうだなと思って」

 再びくすりと笑うと、ハインリヒは途端に真顔になった。
「それは違うよ、アンネマリー」
 あまりにも真剣な声音に、怒らせてしまったのかとアンネマリーは不安に駆られた。

「楽しそうなんじゃない。楽しいんだ」

 王太子顔できりりと言われ、アンネマリーはぽかんと口を開けた。

「ふ……ふふふ、それは本当に何よりですわ」
 くすくす笑っているうちに、ハインリヒが耳を()んでくる。日記を手にしていたアンネマリーは、読み進めることを諦めて、閉じたそれをテーブルへと置いた。

「もういいの?」
「ハインリヒより大事なことなんて、この世にはひとつもありませんわ」

 振り向いて、唇を奪う。意表を突かれたハインリヒは、すぐさまアンネマリーに口づけを返した。つばむようなキスは、やがて深いものとなり――

 お互いの熱を分けるように、静かに夜は更けていった。

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