寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 見回す広場は活気に満ちていて、みなこの時間を楽しんでいるのが見て取れた。

「オレは様子を見てくる。君はこのままここにいてくれ」

 足早に去ろうとしたヨハンの腕を咄嗟に掴む。

「いえ、お嬢様が心配です。わたしも一緒に行かせてください」
「……分かった。だが、何があるか分からない。絶対にオレから離れないでほしい」

 神妙にエラが頷くと、ふたりは屋敷の中へと急いだ。裏口から廊下へ入り、会話もないまま屋敷の中心を目指す。観劇が行われていた広間を過ぎたあたりで、感じる瘴気(しょうき)がどんどん濃くなってくる。脂汗がにじんできて、ヨハンはうめくようにつぶやいた。

「これ以上は危険だ」

 途中の廊下でその腕を掴み、エラの歩を止めさせる。ヨハンの目には、行く先の廊下は赤黒い霧に包まれていた。このまままっすぐ進めば執務室があり、そのさらに先にはジークヴァルトの部屋がある。屋敷の奥に向かうほど、この瘴気が濃密になっていくように感じられた。

「ですが……」

 戸惑ったようにエラは廊下の先を見やった。無知なる者のエラの目の前には、いつもの廊下の風景が続いている。よくない気を感じると言われても、何のことだかさっぱり分からなかった。

(でも、この先にリーゼロッテお嬢様がいる)

 その事だけは理解できた。だとするなら自分の取るべき道はただひとつだ。
 エラはヨハンの手を振り払って、廊下の先へと走りだした。

「エラ嬢……!」

 咄嗟にその腕を伸ばすも、ヨハンの手は(くう)を切った。エラの姿は瘴気の中へと飲み込まれるように消えていく。

「くそっ」

 後を追おうにも、ヨハンの体は邪悪な気に(はじ)かれてしまった。事態は自分ごときが手に負えるものではない。そう判断したヨハンは、来た廊下へと向き直り、全速力で走りだした。

< 188 / 403 >

この作品をシェア

pagetop