寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
      ◇
 突如として身を襲った瘴気に、アデライーデはぎりと歯を食いしばった。膝をつきそうになるのをこらえて、背後を振り返る。
 すぐ後ろにいたはずのリーゼロッテとツェツィーリアの姿が見えない。そこに広がるのは、赤黒く(けが)れた霧だけだ。王城での夜会で感じたものと同じ瘴気に、アデライーデは大きく舌打ちをした。

 視界のきかない廊下を手探りで進む。先に見えたバルコニーの扉を、アデライーデは渾身の蹴りでこじ開けた。
 飛び込むように扉をくぐろうとすると、厚い蜘蛛(くも)の巣のようなものが絡みついてくる。その力を無理やりにでも突き抜ける。大きく息を吸うと、新鮮な空気が一気に肺に流れ込んできた。

 不快感が晴れ、狂わされていた五感が爽やかな風と共に戻ってくる。振り返った廊下はやはり赤黒い瘴気で満たされていた。王城では広がり続けていた(くれない)の瘴気が、今はその密度を増しつつも範囲を狭めていくのが感じられる。

「ジークヴァルトは何してるのよ!」

 バルコニーの手すりから身を乗り出して、アデライーデはぴゅうと空に向かって指笛を響かせた。しばらく待つと、天空から二羽の(たか)が舞い降りてくる。風切り音を立てながら、順に目の前の手すりへと着地する。幾度か大きく羽ばたかせたあと、二羽は綺麗に羽をその背に収めた。

「ミカル、あなたは王城にこれを届けて。ジブリル、あなたは(とりで)のバルバナス様に」

 走り書きした簡書を手早く(あし)の筒へと差し入れる。小さな干し肉を順に放り投げると、ミカルとジブリルは器用に(くちばし)でそれをキャッチした。

「あとでもっといい(やつ)をあげるから、今はこれで我慢して。さあ、行きなさい!」

 アデライーデの声と共に、二羽の鷹は再び空へと飛び立った。一羽は東へ、もう一羽は南へ。その影を見送ったあと、アデライーデははっと屋敷の上を見上げた。

「ジークヴァルト……?」

 屋敷の屋上は、見晴らしのいい吹きさらしとなっている。眺めはいいが吹く風の強さに、子供の頃はそこに行っては、よくエマニュエルに叱られたものだ。その屋上からジークヴァルトの気を、アデライーデは感じ取っていた。

「とにかくリーゼロッテを探さなくちゃ」

 新年を祝う夜会で狙われたのは、ハインリヒとリーゼロッテだけだった。敵のしっぽはいまだ掴めていないが、その首謀者の目星はついている。

公爵家(うち)に直接攻め入るなんて、いい度胸してるじゃない」

 (こぶし)をぼきりと鳴らすとアデライーデは、瘴気渦巻く屋敷の廊下へと、再びその身を投じていった。

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