寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
『ヴァルト、来るよ!』

 前触れなく、守護者(ジークハルト)の声が頭に響いた。咄嗟にリーゼロッテの姿を探す。少し先を歩く彼女はツェツィーリアの手を引いていた。その刹那、ジークヴァルトの身を、いつかの瘴気が覆いつくした。閉じ込められたかのように、あらゆる感覚が遮断される。
 赤黒い霧の向こうに、彼女の気配すら感じ取れない。大きく舌打ちをして、リーゼロッテがいた方向へと駆け出そうとした。

 目の前に数人の人影が揺らめいた。気配なく霧の奥から現れた者たちは、一様に虚ろな瞳でジークヴァルトを見つめている。(まと)う衣装を見ると、先ほど観劇に出ていた役者のようだ。

 一番近くにいた女が、ふらふらとした足取りで近づいて来る。焦点の合わない瞳のまま、ジークヴァルトに向かって短剣を振りかざした。おぼつかない歩みとは裏腹に、俊敏な動きで(やいば)を突き立てる。ぎりぎりのところで切っ先を(かわ)すと、女の手首に手刀を落とした。

 短剣を取り落とした女は、なおもジークヴァルトに迫ってくる。素早く背後に回り、込めた青の力をその背に放った。
 吹き飛ばされるように倒れた女の体から、どす黒い影が浮き上がる。それに向かってもう一度力を放つと、取り憑いていた異形の者が、断末魔の叫びを上げて消し飛んだ。

 息をつく間もなく、別の男が剣を片手に襲ってくる。同じように吹き飛ばそうとするも、もうひとりの男が同時にジークヴァルトにしがみついてきた。もつれあいながら男ふたりをなぎ倒すと、ジークヴァルトの頬を銀の閃光がちりと(かす)めていった。

 転がりながら距離を取る。頬に(にじ)んだ血をそのままに、視界の悪い前方を見据える。先ほどの女が血のしたたる短剣を手に(たたず)み、その背には新たな異形の影が揺らめいていた。
 横の霧の中から、倒れた男たちの姿が浮き出すように現れる。こちらにも新たな異形が取り憑いていた。

 同時に襲い来る者たちに、(かわ)すのが精一杯になってくる。異形に憑かれた者の攻撃は乱雑で、かえって動きを読むのが難しい。(はら)ってもすぐに別の異形が取り憑いていくため、その(いたち)ごっこの状態に、ジークヴァルトはただいたずらに消耗していった。

 こうなれば、操られている人間の動きを封じるしかない。だが、彼らもまた被害者だ。できれば怪我を負わせることは避けたかった。

「旦那様!」

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