寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「お嬢様、こちらへ」

 エラに手を引かれ、瘴気の中を進む。迫りくる男の気配に押されて、気づくと部屋から廊下へと出てしまっていた。

(これではヴァルト様のお部屋に入れないわ)

 来た道を振り返るも、濃くなっていく瘴気に、すぐそこにいるエラの姿すら(かす)んで見える。その上、男の気配が近づいてきて、今さら部屋には戻れなかった。

 ふいに目の前を(かす)めた短剣に、リーゼロッテは身を強張(こわば)らせた。いつの間にか目の前に立つ男の瞳は、リーゼロッテを見ているようで見ていない。

「お嬢様っ」

 リーゼロッテに向けて短剣を振りかざした男の前に、エラが(かば)うように飛び込んだ。腕を掴み取り、何とか短剣をリーゼロッテから遠ざける。

「エラ!」

 濃霧の中、もみ合うような姿が垣間見える。エラが男に突き飛ばされたのが分かって、リーゼロッテは悲鳴を上げた。床に倒れるエラに向かって、男が短剣を振り上げる。

「わたくしはこっちよ!」

 駆け寄って、気を引くように大きな声で叫んだ。リーゼロッテの姿を認めると、男はエラから離れすぐにこちらへと近づいてきた。

「そうよ、襲うならわたくしだけにしてちょうだい」

 じりと後ずさりながらも、リーゼロッテは挑むように男を睨みつけた。

「お嬢様、いけません!」

 悲鳴のようなエラの声が響く。霧のせいで姿は見えないものの、その無事を確認したリーゼロッテは、次いで男に不敵な笑みを向けた。

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