寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「よろしければ、このまま旦那様の自室へ行かれてはどうですか?」
「いや、いい。このまま執務を続ける」

 はっとして、ジークヴァルトが大きく首を振った。

「だいぶ楽になった。ダーミッシュ嬢はもう部屋に戻っていい」
「ですが……」

 目を離すとすぐに無茶をするジークヴァルトに、信用はまるでない。リーゼロッテは頑なに、ここに居座ることを主張した。

「わたくし、何とおっしゃられても、ヴァルト様を見張っておりますわ」
「好きにしろ」

 諦めたようにジークヴァルトはふいと顔をそらした。ここで満足してはいけない。リーゼロッテはフーゴに言われた言葉を胸に、ジークヴァルトの横顔を仰ぎ見た。

「わたくし、ハルト様に聞きました。ヴァルト様は龍の盾として、異形の者に絶えず狙われ続けていると……。そんな大事なことを、どうして今まで教えてくださらなかったのですか?」

 ここ数日、ずっと胸につかえていたことを口にする。同じ託宣を受けた者として、知っておくべきことではないのか。そう非難を込めて、ジークヴァルトの瞳を覗き込んだ。

「確かにわたくしは非力で、頼りにならないかもしれません。ですが、少しでもヴァルト様の苦しみを分けてほしい……そう思うのはわたくしの我がままですか?」

 ジークヴァルトに託宣の相手を守る義務があると言うのなら、自分も同じ立場のはずだ。なぜそれを受け入れてもらえないのか。

「お前に話したところで、何が変わるわけでもない。これはオレの問題だ」

 ジークヴァルトは苦し気にその顔を(ゆが)めた。それは傷の痛みのせいなのか、拒絶を示すものなのか。
 やはり何を言ってもジークヴァルトには届かないのだろうか。リーゼロッテの唇がぎゅっと噛み締められた。

「旦那様」

 (たしな)めるような声音でマテアスが呼ぶと、ジークヴァルトは一瞬口ごもった。次いで言葉を探すように、その視線を彷徨(さまよ)わせる。

「いや、違う……オレはただ、お前に余計な心配をさせたくないだけだ」

 初めてその本心を聞いた気がして、リーゼロッテは泣きそうな、だが、どこかほっとしたような顔になった。

「ヴァルト様……どうか心配くらいさせてくださいませ」

 懇願(こんがん)するように見つめてくるリーゼロッテに、ジークヴァルトは渋い顔をした。伸ばされた手は、裏腹に、リーゼロッテの髪をやさしく()いていく。

 それを答えと受け取って、リーゼロッテは(あふ)れそうになる涙を、ただじっと(こら)えた。






< 228 / 403 >

この作品をシェア

pagetop