寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「嘘をついた時も、鍛錬はなしにさせていただきますからね?」

 見透かしたようにマテアスが言う。一瞬口をつぐんだエラは、隣を歩くマテアスの顔をじっと見上げた。

「なんだかマテアスには勝てる気がしません」
「はて、それはどうでしょう? わたしもエラ様には勝てる気はいたしませんねぇ」

 その言葉に首をかしげていると、ふたりはエラの部屋の前へと到着した。

「あの、マテアス。よかったら少し休んでいきませんか? 簡単な朝食くらいなら用意できますし」
「……あいにく、本日も執務が立て込んでいまして。せっかくのお誘いですが、ご遠慮させていただきます」

 そう言ったマテアスは、少し困ったような顔をエラへと向けた。

「それに、こんな時間にエラ様のお部屋にお邪魔させていただくとなると、あらぬ噂が立つやもしれませんしねぇ。次期家令の立場として、軽率な行動は避けたいところです」
「あ……」

 エラが何かを言いかける前に、マテアスはそのとび色の瞳をじっと見つめた。

「もちろんエラ様がそのおつもりでお誘いくださっているのなら、わたしも真摯(しんし)に、誠実に対応させていただきますが」
「あ、いえ、わたしはそんなつもりは……」

 薄く開かれたマテアスの青い瞳に気圧(けお)されて、エラは知らず一歩下がった。

「心得ておりますよ」

 ふっといつもの物腰のやわらかい雰囲気に戻ると、マテアスは胸に手を当てゆっくりと腰を折った。

「では、明朝、同じ時刻にお迎えに上がります」

 そう言うとマテアスは、足早に廊下の向こうへと消えていった。

「マテアスがあんな冗談を言う人だったなんて……意外だわ」

  軽く肩をすくめてから部屋に入る。時計を見ると、リーゼロッテを起こす時間が迫っていた。手早く支度を済ませなくては。まずは汗を流そうと、急ぎエラは浴室へと向かった。

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