寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「リーゼロッテ嬢、顔を上げて」

 ハインリヒにそう言われ、リーゼロッテは礼の姿勢を崩した。ヤスミンやイザベラを含めて、他の令嬢たちはみな礼を取ったままだ。

「君の様子が気になって仕方なさそうだったから、ジークヴァルトも一緒に連れてきたよ」

 見るとハインリヒの後ろに騎士服姿のジークヴァルトが立っていた。じっとこちらの顔を見つめている。

(そんなに心配しなくても大丈夫なのに……)

 庭の途中に弱い異形はいたが、ここは王妃の離宮の一角だ。そうそう大事が起こることはないだろう。そう思うも、リーゼロッテは黙ってジークヴァルトの青い瞳に笑みを返した。

「ああ、もう行かなくてはな」

 懐から出した懐中時計をみやって、ハインリヒは残念そうに言った。もう一度アンネマリーを抱きしめて、今度はその唇に小さくキスを落とした。

「愛してるよ、アンネマリー」

 大切な宝物を扱うようにその頬に指を滑らせる。その様子をばっちり見ていたリーゼロッテは、思わず赤面してしまった。

 名残惜しそうにハインリヒは出口へと向かっていく。去り際にジークヴァルトがリーゼロッテの髪に手を伸ばしてきた。

「あとでまた迎えに来る」

 横に流した前髪を指先で軽く整えると、ジークヴァルトは王子の背を追って出ていった。

「フーゲンベルク公爵は相変わらずみたいね」

 アンネマリーにおもしろそうに言われ、リーゼロッテは羞恥からますますその頬を染めた。

「みな、顔を上げてちょうだい」

 礼を取ったままでいる者たちにアンネマリーが声をかける。緊張を解かれた令嬢たちの息をつく声があちこちから漏れて出た。孤高の王太子と謳われていたハインリヒ王子の寵愛ぶりに、アンネマリーの王太子妃としての立場は盤石(ばんじゃく)となったようだ。

 和やかな雰囲気で茶会が再開される中、椅子に座るや(いな)やヤスミンがリーゼロッテの顔を見ながらくすくすと笑いだした。

「本当、あの公爵様の変貌ぶりには驚きですわね」
「そんな……王太子殿下のご様子の方が驚きではないかしら……?」

 王子がこんな人前で惜しげなく笑顔を見せるなど、今までは一度もなかったはずだ。アンネマリーを見やるも、ただ笑みを返された。

「ふふ、王子殿下のご様子はもう見慣れてしまいましたわ」

 ヤスミンはずっとアンネマリーのそばにいたのだろうか。侯爵令嬢の立場から、そうであってもおかしくはない。

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