寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
     ◇
 ひとり残されたリーゼロッテは、部屋の中を見回した。

「いつ来てもジークヴァルト様の力でいっぱいだわ」

 看病のために幾度も訪れた場所ではあるが、あの時は周りを気にする余裕もなかった。改めて身を置くと、ジークヴァルトのすごさを感じてしまう。

(ヴァルト様はずっとここで過ごされてきたのよね)

 ふたり掛けのソファの正面には、一枚の絵が飾られている。屈託(くったく)のない笑顔を向けた、幼い自分の肖像画だ。
 ここに座ってあの絵を見上げながら、ジークヴァルトは日々を送ってきたのだろうか。なんだか気恥ずかしいような、居たたまれないような気分になって、リーゼロッテは小さくその首を振った。

「いいえ。部屋の絵なんて、慣れれば壁紙と同じなはずだわ」

 自分に言い聞かせるように頷くと、リーゼロッテは絵の下にある棚へと歩み寄った。使い古したクマの縫いぐるみ。不器用に折られた(つる)。落書きのような似顔絵。欠けた薄い桃色のガラス玉。棚に綺麗に並べられているのは、子供の頃に贈った覚えのあるそんながらくたばかりだ。

(こんなものまで取ってあるなんて……)

 きっとロミルダやエッカルトが、気を()かせて飾ったのだろう。そう思ってリーゼロッテは、棚の下の段を覗き込んだ。そこには十以上の箱が整然と重ねられている。箱のひとつを開けてみると、中には、自分が書いた手紙が綺麗な状態でしまわれていた。

 人様の部屋で家探しをしている気分になるが、自分が書いた手紙なら見ても問題はないはずだ。ひとり頷いて、リーゼロッテは一枚一枚確かめていった。

 最近書いた覚えのある手紙から、下の箱に行くにしたがって古くなっていく。一番昔のものは「小さい子供が一生懸命書きました」というような筆跡で、自分でも微笑ましく思えてしまう。

(この頃はジークフリート様(あて)だと思って書いていたのよね)

 子供の頃は、初恋の人であるジークフリートに手紙を書いているつもりだった。それがどうしてだか、息子のジークヴァルトとずっと文通していたのだ。正直、今でも驚きを禁じ得ない。複雑な気分になりながらも、当時どんな恥ずかしいことを書いていたのかと、怖いもの見たさでリーゼロッテは順に目を通していった。

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