寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「ヴァルト様は、その馬を大事になさっていたのですね」
 ぽつりと言うと、ジークヴァルトは少し驚いたような顔をした。

「ああ……そう、だな。そうかもしれない」
 曖昧(あいまい)に言って、ジークヴァルトは再び静かに刺繍に視線を落とした。

「アデライーデ様に、その馬は随分と前に亡くなったと聞きました」
「ああ……シュバルツシャッテンは、異形からオレを(かば)って命()きた」

 一瞬、その言葉が理解できずに、思わずジークヴァルトを凝視した。言われた内容が、じわじわと頭の中で形になっていく。

「ジークヴァルト様……申し訳ございません、わたくし……」

 つらい思い出を口にさせてしまった。リーゼロッテは小さな唇を震わせて、大粒の涙を(あふ)れさせた。

「いい、昔のことだ」

 親指の腹で涙をぬぐう。瞳を閉じて大きくしゃくりあげると、リーゼロッテは胸に顔をうずめてきた。そのまま強くしがみついてくる。
 リーゼロッテの小さな手が、背中のシャツをぎゅっと掴む。すると突然、ジークヴァルトが不自然に前かがみになった。

「ヴァルト様……?」
「いや、問題ない。何もない。どうにもなってない」

 いつもより語彙(ごい)多く返事をしたジークヴァルトを前に、リーゼロッテは青い顔をした。

「まだ痛むのですね? いけませんわ、すぐに横になってくださいませ。わたくしずっと手を握っておりますから、ヴァルト様、今すぐ寝台へ」

 傷のない方の手を引いて、(わく)だけの扉をくぐる。寝室に入っていこうとするリーゼロッテを、ジークヴァルトは逆に強く引き戻した。

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