寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「ひどい目にあいたくなかったら、馬鹿な真似(まね)は今すぐやめろ」

 怒りを(はら)んだ声で言われ、リーゼロッテは驚いて振り返った。見るとジークヴァルトはいまだ前かがみの姿勢だった。眉間にしわを寄せ、まるで何かに耐えているようだ。

「何が馬鹿な真似だというのですか? 耐え難いほど痛むのなら、今すぐ寝台で横になるべきです」

 掴んだ手を引っ張ると、ジークヴァルトはさらに顔を(ゆが)めてその背を丸めた。倒れるのかと思って、慌てて両脇に手を差し入れる。その体重を支える自信はなかったが、転ばぬ先の杖くらいにはなれるだろう。

 抱え込むように抱き着くと、身を強張(こわば)らせたジークヴァルトの口から、今まで聞いたこともないような()き声が漏れて出た。

「え? あっ、きゃあっ!」

 いきなりジークヴァルトが、リーゼロッテを横抱きに抱え上げた。そのまま大股で部屋の中を進んでいく。乱暴な動きに、思わずリーゼロッテはその首にしがみついた。

 性急に扉を開くと、ジークヴァルトはリーゼロッテを下に降ろした。押しやるようにされ、半歩後ろへと下がる。見るとここは、自分の部屋のクローゼットだった。この衣装部屋(いしょうべや)は、ジークヴァルトの部屋と続きになっている。

「言われたとおりに横になる。お前は自分の部屋でおとなしくしていろ」
「ジークヴァルト様?」

 いきなりのことで訳も分からず、その名を呼ぶ。ジークヴァルトは怖い顔をして「鍵はすぐに閉めろ。絶対にだ」と言い捨てた。
 あまりにも強い拒絶に呆然となった。頬を大粒の涙が滑り落ちる。はっとなったジークヴァルトが、さらに苦し気な顔をした。

「違う、そうではない……心配はしなくていい。ただ、それだけだ」

 (うめ)くように言って、ジークヴァルトはリーゼロッテを抱きしめた。それも一瞬のことで、リーゼロッテを放し、扉の向こうにすぐ消える。震える指でリーゼロッテは、言われたとおりに間を置かずに鍵を閉めた。

『公爵様は弱った姿をお見せになりたくないのかもしれません』

 エラの言葉を胸で反芻(はんすう)する。

 ――きっとそうだ。きっと、拒絶されたのではない。

 何度も何度もそう言い聞かせて、リーゼロッテは唇をかみしめた。

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