寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 エッカルトにもいつも言われている。どんなに考えを巡らせても、うまくいかないこともある。常にありとあらゆる事態を想定して、何が起きてもすぐに対応できるよう準備を(おこた)らないようにと。
 幼いマテアスにはそのことがまだよく分からない。だが今のロミルダの言葉は、なんとなく理解できるような気がした。

 部屋の奥に通されると、おなかの(ふく)らんだディートリンデがソファでくつろいでいた。アデライーデお嬢様にそっくりだ。そんなことを思ってじっとその瞳を見つめていると、ロミルダに不敬だと怒られてしまった。

「いいのよ、叱らないでやって。マテアス、こちらにいらっしゃい」
「奥様、お召しにより参上いたしました」

 おずおずと近づくと、教えられた通りの礼をとる。なぜだか笑われてしまったが、手招きをするディートリンデにさらに一歩近づいた。

「手を貸してごらんなさい」

 母よりも白く細い手を差し伸べられて、マテアスは何も考えずに自身の手を預けた。引かれるままに、ディートリンデの丸い腹に手のひらが触れる。

「硬い」

 思わず漏れ出たひと言に、ディートリンデはぷっとふき出した。

「何が入っていると思ったの?」
「奥様がここにクッションでも詰めているのかと」
「その中に御子様がいらっしゃるのよ」

 驚いてマテアスはロミルダを振り返った。

「ここに?」
「ええ、そう。それに、マテアスもわたしのこのお腹の中にいたのよ?」
「えっ!?」

 その瞬間、マテアスの手のひらがぽこんと何かに叩かれた。驚いてディートリンデの腹に視線を戻す。

「お腹の子が挨拶しているようね」

 ディートリンデが言うと、さらにぽこぽこと叩かれた。

「ここに御子様が……」
「ふふ。マテアスも声をかけてあげてちょうだい。きっとよろこぶわ」

 頷いて腹に顔を近づける。

「御子様、はじめまして。マテアスと申します」

 ぽこぽこぽこんと返事をされて、マテアスは紅潮させた頬をロミルダへと向けた。


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