寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 さらに数か月後、春遠い冬の晴れた日に公爵家で大きな産声が上がった。みぞおちに龍のあざを持つ、託宣を受けた男児の誕生だった。
 その男児は祖父によりジークヴァルトと名付けられ、マテアスが対面を果たしたのは生後三か月を過ぎたころのことだ。母に連れられて、再びジークフリートの部屋へと向かう。

 マテアスは家令を継ぐ前に、ジークヴァルトの従者として仕えることが決まっている。一生を捧げる(あるじ)との面会に、緊張からかいたずらに胸が高鳴った。汗ばむ手のひらを確かめる。ディートリンデのお腹からこの手を叩いた(あるじ)が、今、目の前のゆりかごの中にいる。

 ロミルダに促されて、マテアスは恐る恐る覗き込んだ。そこには青い瞳の赤ん坊が寝かされていた。白いおくるみに(くる)まれて、寄り目がちなつぶらな瞳でじっとこちらを見つめてくる。つんととがった小さな唇に、まだ生えそろっていない細い黒髪。その愛くるしい姿に、マテアスの心は一瞬で撃ち貫かれた。

(この方が、ボクのお仕えするジークヴァルト様……!)

 ああだぁと口にしながら、ジークヴァルトはちっちゃな手をマテアスに伸ばしてくる。思わずその手を取ると、思った以上の力で人差し指がぎゅっと握り返された。
 驚きと共に、落ち着かないようなむずむずした気持ちになる。なかなか指を離してくれないジークヴァルトに顔を近づけ、驚かせないように小声で話しかけた。

「ジークヴァルト様。改めてご挨拶申し上げます。あなた様の従者となるマテアス・アーベントロートと申します。精一杯務めさせていただきますので、これからもどうぞよろしっあっいっ、痛いです!」

 途中でマテアスの頭がいきなり(わし)()まれた。天然パーマの髪に指を絡めて、ものすごい握力でぐいぐいと引っ張ってくる。

「いたっいたっ痛いですよ、おやめください、ジークヴァルト様!」

 必死に首を振るも、ジークヴァルトは楽しそうにきゃっきゃと笑い声をあげた。ご機嫌そうによだれまみれの唇を、勢いよくぶるぶると震わせる。

「ふおっ! き、汚なっ」

 顔に頭によだれのシャワーを浴びたマテアスは、思わず大声で叫んでしまった。当のジークヴァルトもよだれまみれになったまま、満面の笑みで口からさらによだれを(あふ)れさせている。

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