寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「ああ、ボクのご主人様はなんて暴君なんだ!」

 ようやく髪を解放されて、マテアスは困り眉をさらにハの字に下げた。それでも愛くるしい笑顔に、本気で怒ることができない。真新しいハンカチを取り出して、マテアスはそのよだれまみれの唇をそっとぬぐった。

「わっぷ! 汚いですってば、ヴァルト様っ」
 よだれにまみれすぎて今さらどうでもよくなってくる。マテアスは糸目をさらに細めて、いつまでも飽きずにジークヴァルトを覗き込んでいた。

「主従の(きずな)は問題なさそうね」
 そんな様子を微笑ましく見ていたディートリンデが、安心したように頷いた。

「まるで旦那様とエッカルトを見ているようですね。時々ふたりの仲が良すぎて、わたしなどは思わず嫉妬してしまいます」
「そう? わたしは鬱陶(うっとう)しいフリートの気を引いてくれて助かってるけれど」

 ジークフリートの溺愛っぷりは、社交界でも有名な話だ。いつもストーカーのようにつきまとう夫を、ディートリンデはいつもそれはそれは冷たくあしらっている。
 ひとしきり笑ってから、ディートリンデは一転、深いため息を落とした。

「リンデ様?」
「間もなくジークヴァルトを王城へ連れて行かなければならないわ。その時に何事もないといいのだけれど……」

 龍から託宣を(たまわ)った赤子は、生後半年以内に王城の奥深くにある託宣の間へ(おもむ)くのがしきたりだ。生まれてすぐに神殿から神官はやってきたものの、ジークヴァルトの龍のあざを確認しただけで、祝福の言葉もそこそこにあっという間に帰ってしまった。

「いまだ守護者の加護は受けられないままなのですね」
「ええ……」

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