寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
ジークヴァルトが王城へと連れられて行く日、フーゲンベルク家では厳戒態勢となっていた。物々しい雰囲気の中、ディートリンデの腕に抱かれたジークヴァルトを、マテアスはどこまでも見送った。
早朝に出かけた一行は、日が沈みかける頃に屋敷へと戻ってきた。騒然とする中、マテアスは懸命にジークヴァルトの姿を探す。
「父さん!」
先に見つけたのは父エッカルトだった。包帯でぐるぐる巻きにされた姿を認め、マテアスは慌てて駆け寄った。白い包帯が赤黒くにじんでいる。痛みに耐えながらも、エッカルトはマテアスの頭に手を置き微笑んだ。
「何、名誉の負傷だ。ジークヴァルト様はご無事でおられる。安心しなさい」
誇らしげな父の顔を見て、マテアスは安堵の息を漏らした。父のように自分も主を守らなくては。そんな誓いが胸に灯った。
エッカルトの話では王城の安全な場所に着くまでに、幾度も異形に襲われたそうだ。託宣の間での儀式が済むと、一行は王城より追い出されるように出た。年の初めに王子が誕生したのもあって、異形の者を騒がせるジークヴァルトを神官たちは忌むような態度で扱ったらしい。
帰りの道中も似たり寄ったりで、往復二時間程度の道のりが半日がかりの行程となった。同行した者たちはみな、大なり小なり怪我を負っている。それこそ無傷なのはジークヴァルトとディートリンデだけだった。
「それにしても、神殿の者たちの態度……思い出すだけでも腸が煮えくり返るわ」
「怒れるリンデも可愛いなぁ」
胸にジークヴァルトを抱きながら、ディートリンデは鬼のような形相だ。その横でジークフリートが、脂下がった顔をしている。
「……大怪我を負ってひと月くらい寝込めばよかったのに」
冷酷無比な視線を向けられて、ジークフリートは嬉しそうに身をよじった。
「いやぁ、その時はリンデに看病してもらうんだ」
体をくねくねとくねらす夫を前に、ディートリンデはもはや虫けらを見るような顔つきだ。その腕の中で、ジークヴァルトは無邪気にきゃっきゃと笑っている。
「これでしばらくは危険なことは避けられるわね」
「でも、ずっとヴァルトを部屋に閉じ込めておくわけにもいかないしなぁ」
頼りない夫に、出てくるのはため息ばかりだ。ジークヴァルトがひ弱なうちに撃ち捕ろうと、異形の者は死に物狂いで襲ってくる。本来ならば異形をはねのけるはずの守護者の力が、まるで機能を果たそうとしない。
「ジークハルト……そこにいるんでしょう?」
宙をにらみつけるも、ディートリンデにはその声はもはや聞こえてこない。ただ胸に抱くジークヴァルトだけが、何もない空間に向かって笑いながら小さな手を伸ばした。
「ヴァルトには守護者が視えているのかしら……?」
何気なくつぶやかれたディートリンデの言葉が、真実であることを周囲はのちに知ることとなる。それはジークヴァルトが意味を成す言葉をしゃべり始めた数年後の事だった。
早朝に出かけた一行は、日が沈みかける頃に屋敷へと戻ってきた。騒然とする中、マテアスは懸命にジークヴァルトの姿を探す。
「父さん!」
先に見つけたのは父エッカルトだった。包帯でぐるぐる巻きにされた姿を認め、マテアスは慌てて駆け寄った。白い包帯が赤黒くにじんでいる。痛みに耐えながらも、エッカルトはマテアスの頭に手を置き微笑んだ。
「何、名誉の負傷だ。ジークヴァルト様はご無事でおられる。安心しなさい」
誇らしげな父の顔を見て、マテアスは安堵の息を漏らした。父のように自分も主を守らなくては。そんな誓いが胸に灯った。
エッカルトの話では王城の安全な場所に着くまでに、幾度も異形に襲われたそうだ。託宣の間での儀式が済むと、一行は王城より追い出されるように出た。年の初めに王子が誕生したのもあって、異形の者を騒がせるジークヴァルトを神官たちは忌むような態度で扱ったらしい。
帰りの道中も似たり寄ったりで、往復二時間程度の道のりが半日がかりの行程となった。同行した者たちはみな、大なり小なり怪我を負っている。それこそ無傷なのはジークヴァルトとディートリンデだけだった。
「それにしても、神殿の者たちの態度……思い出すだけでも腸が煮えくり返るわ」
「怒れるリンデも可愛いなぁ」
胸にジークヴァルトを抱きながら、ディートリンデは鬼のような形相だ。その横でジークフリートが、脂下がった顔をしている。
「……大怪我を負ってひと月くらい寝込めばよかったのに」
冷酷無比な視線を向けられて、ジークフリートは嬉しそうに身をよじった。
「いやぁ、その時はリンデに看病してもらうんだ」
体をくねくねとくねらす夫を前に、ディートリンデはもはや虫けらを見るような顔つきだ。その腕の中で、ジークヴァルトは無邪気にきゃっきゃと笑っている。
「これでしばらくは危険なことは避けられるわね」
「でも、ずっとヴァルトを部屋に閉じ込めておくわけにもいかないしなぁ」
頼りない夫に、出てくるのはため息ばかりだ。ジークヴァルトがひ弱なうちに撃ち捕ろうと、異形の者は死に物狂いで襲ってくる。本来ならば異形をはねのけるはずの守護者の力が、まるで機能を果たそうとしない。
「ジークハルト……そこにいるんでしょう?」
宙をにらみつけるも、ディートリンデにはその声はもはや聞こえてこない。ただ胸に抱くジークヴァルトだけが、何もない空間に向かって笑いながら小さな手を伸ばした。
「ヴァルトには守護者が視えているのかしら……?」
何気なくつぶやかれたディートリンデの言葉が、真実であることを周囲はのちに知ることとなる。それはジークヴァルトが意味を成す言葉をしゃべり始めた数年後の事だった。