寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
「痛い、痛い、痛いですってば、ヴァルト様っ」

 髪を(つか)まれて、マテアスは涙目で訴えた。ジークヴァルトはこの冬で三歳になった。大人たちに大事に守られ、すくすくと成長している。基本、普段は安全な室内で過ごし、外に出るときは屋敷をあげての厳戒態勢を敷いていた。

「マテアス、もじゃもじゃ」
「好きでもじゃもじゃしているわけではありません。わたしだってヴァルト様みたいにサラサラの髪に生まれたかったですよ」

 マテアスはちょうど八歳となり、家令となるべく勉学に励みつつ、いたずら盛りの三歳児を相手にするのに難儀していた。だが従者たるもの(あるじ)を正しい道に導いてこそだとエッカルトに言われ、日々奮闘しているマテアスだ。

 この頃のジークヴァルトは口数は多くはないが、それなりに笑ったりかんしゃくを起こしたりする普通の子供だった。外に出られないストレスはすべてマテアスに向けられて、そのやんちゃぶりに四苦八苦する毎日を送っている。

 ようやく離したと思ったら、ジークヴァルトの手には何本もの抜けた髪が絡んでいる。それをまじまじと見やってから、ジークヴァルトはニヒルな笑いをその口元にのせた。

「マテアス、はげあたま」
「ふおっ! どこでそんな言葉を覚えてくるんですかっ」

 頭を押さえながらマテアスが叫ぶと、ジークヴァルトは何もない宙をじっと見つめた。誰かの声に耳を傾けるように、時折こくこくと頷いている。

「エッカルト、かみうすい。マテアスもしょうらいつるっぱげ」
「守護者がそこにいるんですね! 守護者! ヴァルト様に変なことを仕込まないでくださいっ」

 ジークヴァルトは守護者とよく会話をしている。声だけでなくその姿も鮮明に視えているらしかった。マテアスには何も視えないし何も聞こえない。だが、(あるじ)がいるというのだから、信じるよりほかなかった。


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