寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 ジークフリートの言葉など耳に入らないかのように、ジークヴァルトは初めての乗馬に夢中になっている。高く大きく揺れる背、頬を吹き抜ける風、鼻をくすぐる草木のにおい、どこまでも広がる青い草原。室内に閉じ込められがちな日々を送るジークヴァルトにとって、何もかもが目新しい刺激的なものばかりだ。

 屋敷の裏手から続く小道を進む。(ゆる)やかな登り勾配(こうばい)の坂を登りきると高台へと出る。一気に視界が開けて、遠い眼下に街並みが広がった。

「見ろ、ジークヴァルト。あれが我がフーゲンベルクが治める領地だ」

 言葉を失ったまま街を眺めやるジークヴァルトを見て、口元に笑みがこぼれる。ジークフリートは高台の(ふち)に沿って馬を歩かせた。

「いいか、ヴァルト。あそこには多くの領民が暮らしている。この領が繫栄しているのは(たみ)あってこそだ。みな懸命に働き、税を納め、フーゲンベルクを豊かにしてくれている。だからオレたちは領民に対して背負うべき義務がある」
「せおうべきぎむ?」
「そうだ。オレもお前も、ここに暮らす者たちすべてを守っていかなきゃならないんだ。これはこの家の跡取りとして生まれた者の宿命……おっと、こんなとこまでついて来るとは……」

 振り返った先、ジークフリートは異形の塊に向けて力を放った。一塊(ひとかたまり)の異形の者が断末魔の声を上げて消え去っていく。ふと見やると、遠巻きに多くの異形たちがこの場を取り巻いていた。

「せっかく父親としてかっこよくキメたと思ったのになぁ……まったく無粋(ぶすい)(やから)だ」

 威圧するように睨みつけると、異形たちはじりと後ずさった。それ以上は移動せず、かといって近づいても来ない。

「マテアスもあまりオレから離れないでくれよ。巻き込まれると危ないからな」
「はい、旦那様」

 後ろで控えるように馬に乗っていたマテアスは神妙に頷いた。ジークヴァルトを身を(てい)して守り、大怪我を負う大人たちを、マテアスは数えきれないほど目にしてきた。こんなふうに簡単にジークヴァルトを連れ出せるのは、ジークフリートの力が強大だからだ。

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