寡黙な公爵と託宣の涙 -龍の託宣3-
 そして、それは一年後のことだった。普段よりも早い時刻に、マテアスは母ロミルダに揺り起こされる。

「マテアス、よく聞きなさい。大奥様が危篤(きとく)に陥られてかなり危険な状態なの」
「大奥様が?」
「わたしもフリート様とリンデ様と共に辺境の(とりで)へと向かうから、しばらく留守を頼むわ」

 大奥様とは先代の公爵夫人、ジークフリートの母親のことだ。眠い目をこすりながら問う。

「ヴァルト様は?」
「ジークヴァルト様はここに残られるわ。エッカルトがお屋敷を任されたから、マテアスもしっかりヴァルト様をお守りするのよ」

 本当に容態が思わしくないのだろう。いつになく動揺しているロミルダの声に、マテアスは大きく頷いた。


 ふたりきりの部屋でマテアスは勉強しがてらジークヴァルトの相手をしていた。一行が辺境の砦に向かってからもう一週間は経過している。その間、室内に閉じ込められっぱなしのジークヴァルトの機嫌は、日増しに下降していく一方だ。

「シュバルツシャッテンに会いに行く」
「駄目ですよ。旦那様からも言われているでしょう? おひとりで厩舎に行くのは、ちゃんと力をつけてからでないと」
「ひとりじゃない。マテアスもいる」

 指をさされてマテアスは困り眉をさらに下げた。小鬼を追い払う程度なら難なくできるが、ジークヴァルトを襲ってくるような異形を、子供のマテアスがどうこうできるはずもない。

「わたしの力ではまだ異形の者に太刀打ちできません。旦那様がお戻りになられるまで、シュバルツシャッテンに会いに行くのは我慢なさってください。そんなご不満そうな顔をしても駄目ですよ。ヴァルト様はもうすぐ五歳になられるんです。自覚をもって今やるべきことにお励みください」

 そう言って守り石が山盛り入った箱を手渡した。これだけの数があれば、何日も時間稼ぎができるだろう。

「今日からこちらの守り石に力を()める練習をしましょうか。力加減を間違えると石が割れてしまいますからね」

 力の制御を覚えるのに、守り石は最適だ。力みすぎず弱すぎず。ちょうどいい加減かどうかは、守り石の放つ輝きが教えてくれる。

 不満げな顔のまま石に力を籠めだしたのを確認して、マテアスは読みかけの本に意識を戻した。時折ジークヴァルトの様子を気にしつつ、しばらくページをめくる。

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